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六ヶ所村―核燃基地のある村と人々(島田恵)

六ヶ所村―核燃基地のある村と人々(島田恵)六ヶ所村―核燃基地のある村と人々
(2001/04)
島田恵

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小さな写真集のようなつくりの本。

『いのちと核燃と六ヶ所村』のあと、核燃建設の進行が速度を増していくなかで、1990年、島田さんは六ヶ所村に移り住んだ。だが、引っ越した借家を二週間で追い出された。大家の奥さんから、「いやー、島田さん、実は原燃の人がね、こういうの持ってきて、あんたがこういうやつだって知ってて貸したのかって、毎日来ていくのさ。ほんとに申し訳ないんだけど、出て行ってもらえないか」(p.138)と言われてのことだった。奥さんが置き忘れていったのは、日本原燃サービスの内部資料で、いわゆるブラックリストだったという。

▼大家さんは当時、村議会議員で、息子さんは翌春に日本原燃サービスに就職が決まっていた。奥さんは、私に家を貸したことで息子の就職がだめになるのではないか、と心配していた。仕方なく私は、解いた荷を再びまとめ、そこを出た。(p.139)

島田さんが青森県民になって4ヶ月後、1991年2月におこなわれた青森県知事選挙は、核燃建設をめぐる最大のヤマ場となった。現職で核燃推進の北村氏、白紙撤回を訴えた金沢氏、核燃「凍結」の姿勢で臨んだ山崎氏の3氏の争いとなった。

北村陣営の切り崩し工作はすさまじかったという。のちに山崎氏が発表した「核燃知事選大敗記 われ敗れたりされど」という手記には、こんなことが書いてあるそうだ。
・党と政府は手ぶらでは来ず、アメとムチを用意してきた。ムチの方は今までも使用したことがあったが、今回のアメは想像を絶する大量のものであった。
・…今回の青森知事選は、政府も自民党も財界も言論界も宗教団体も総力を上げ、あらゆる手段を行使して県知事を県民の手からもぎ取ったものであるといえよう。理由は何か。簡単である。核燃サイクルを是非青森県の六ヶ所村に持って来なければならなかったからである。即ち青森県以外には核燃を持って行く所がなかったのである。膨大な金額は、一節には40億円とも60億円ともいわれている。
・私は選挙に大敗した。が、県民は北村氏が勝ったのだとは思っていない。電事連に知事が買われたのだと言っている。いわば県民は去勢され、批判能力を欠いたのである。(p.143)

この山崎氏は、自民党の公認争いにやぶれ、無所属で出た人だというが、もとは自民党の青森県選出参議院議員として4期をつとめ、宇野内閣(1989年)では環境庁長官をつとめたのだという。その人さえもが、こう暴露せざるを得なかったほど、すさまじい圧力があったのだと、島田さんは書いている。

県知事選以降、核燃事業はなだれをうつように進行していった、という。反核燃運動側には、「あれだけ頑張ったのに、ダメだった」「やっぱり長いものには巻かれた方が得だ」という挫折感とあきらめが蔓延し、運動は一時停止していく。

島田さんはそういう中で、次第に六ヶ所村の人々にカメラを向けられなくなってしまった、と書いている。東京から通っていたときにはあまり感じなかったことだというが、六ヶ所村で生活することが想像以上に大変だったことがそこにはあったようだ。

▼撮影上では、被写体となる対象を見失ってしまった、ということがある。私が写真を撮ろうと決めたのは、核燃という巨大な力に立ち向かう、泊のカッチャたちや青森県の農民たちの姿に惹かれたという一面がある。しかし、そうした目に見える形での勢いは、村長選挙や県知事選挙を経る過程でつぶされていく。それにつれて、私の心も重く沈んでいき、何か撮影の対象を失ってしまったかのように感じたのだ。
 実際、建設が進んでいくのにともない、村では核燃関連の仕事に就く人たちが多くなり、村人たちの口は重くなっていった。以前は積極的に話をしてくれた人たちも、次第に「何を言ってもしかたなかべ」とか、「ハァ、もう終わったべ」などと、核燃のことについてあまり語りたがらなくなった。…(p.143)

島田さんは、どこにカメラを向けていいのか、わからなくなってしまった。核燃の行く末を決定づける圧倒的な要因はカネなのだ、ということを知らされ、カネは票だけでなく人の「心」までも買えるという現実が悲しかった。「いったい何が正しくて何をよりどころとしたらよいのか」島田さんは混乱する。

悶々と苦しみながら、島田さんは六ヶ所村に10年住んだ。島田さんが、食べものに感動した話が、印象に残る。

ワラビを採って、ゆでてあく抜きをし、しょうゆをかけて初めて食べたとき、「自分でとってきたものを、食べることができるんだ」「お金を出さなくても、食べるものを得ることはできるんだ」という新鮮な感覚をおぼえた話。自然の中にあるものを、自分の力で、お金も介在させずに手に入れることができる、しかも新鮮でうまい。磯でひろってきたコンブやワカメをゆでて食べたときにも、同じように感動したと島田さんは書く。そこらへんでひろってきたものが、今晩のおかずになる!と。

そういう暮らしが、お金でまかなう暮らしにのされていったのが、ゲンパツとかカイハツということなのかと思ったりする。

(6/4了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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