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震災トラウマと復興ストレス(宮地尚子)

震災トラウマと復興ストレス震災トラウマと復興ストレス
(2011/08/11)
宮地尚子

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▼東日本大震災は多くのトラウマ(心の傷)をもたらしました。「心のケア」の必要性についても、すでに多くの人が指摘しています。
 けれど、震災からの復興がもたらす傷つきについては、あまり気づかれていないように思います。復興はよいもの、望ましいものと思われがちだからです。(p.2)

宮地さんは、これまでの支援経験をもとに、「環状島」というモデルを使って、被災者と支援者との位置関係、そこに起こる葛藤や変化を説明する。とくに第3章の「支援者の位置」の話が、印象的。これは被災者との関係に限らない、「支援」という場でどこでも起こりうることだと思う。

▼支援者が自分のこれまで未解決の問題や過去の人間関係を被災者に投影させたりすることもあります。…(略)円自己の不全感を満たそうという気持ちが支援者の無意識の中にあると、被災者を支配しようとしてしまうこともあります。被災者が自分の思いどおりに動いてくれなかったり感謝してくれなかったりすると、腹が立って被災者に批判的になるかもしれません。(p.30)
宮地さんが大学でトラウマの授業をするときに必ず見せるという二つの写真。
イラクのアブグレイブ刑務所で米軍によって行われた拷問で、「フードをかぶせられ、小さな箱の上に立たされ、手足にコードを結びつけられた捕虜」、そして「捕虜のすぐ前で猟犬が吠えている」という写真。コードには電気が通っていなかったし、犬は噛みつかない、そんなことに怯えていたのかと嘲笑されもするというが、こうした"疑似処刑"は有名な拷問の手法であると。

▼暴力が「未遂」であれば、結果的には「無事」で「無傷」に見えます。けれど、どうなるかわからない状況に長くおかれていると恐怖や無力感は強まり、脳へのダメージは大きくなります。…(略)…
 「無傷」「無事」というのは結果論です。身体的傷や物理的損害を受けなかったとしても、心は深く傷つくのです。(p.39)

無傷に「見えること」と、「深い傷つき」… だって、結局何もなかったんやろ?と、そういうようなことを自分自身が悪意なく言ってしまいそうだと思った。そして、そういう言葉がこれまでにもかなりたくさん発せられていると思った。

無傷に「見えること」は結果論でしかない。

疑似処刑は拷問の手法だというのが、「目に見えない、ニオイもしない、五感では感じとれない放射性物質が、もしかしたらおよぼしているかもしれない影響・被害」と重なるように思えた。そんなことに怯えていたのかと結果的には言える未来がくるかもしれないけれど、怯えて当然だったという結果があらわれるかもしれず、「どうなるかわからない状況に長くおかれている」ことのひどさが、考えれば考えるほど、胸に迫る。

(5/11了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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