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安井かずみがいた時代(島崎今日子)

安井かずみがいた時代安井かずみがいた時代
(2013/02/26)
島崎今日子

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読みますか~と貸してもらった本。著者の島崎今日子さんは『女学者丁々発止』とか『この国で女であるということ』の人だと分かるが、「安井かずみって、誰?」と思うくらい、私は知らなかった。

私がわかる歌だと、「格子戸をくぐりぬけ…」という『私の城下町』を作詞した人でもあるらしい。そして、カバーの袖を見て、安井かずみが1939年うまれ、というところに目がいく。安井かずみは、私の母と同い年で、早く死んだと言われる母よりも、さらに早く亡くなっていた。

もとは『婦人画報』という雑誌に連載されたもの。島崎さんは1回ごとに証言者を立て、本文に彼女の詞をもりこんで、「安井かずみがいた時代」というタイトルで書く提案をして、そのように書いた。

なんらかのかたちで安井かずみと関わった人たち(のうち、取材を受けてくれた人たち)が、さまざまに、自分が見聞きした「安井かずみ」を語っている。証言者によって、安井かずみを見る目、そして安井かずみと加藤和彦という夫妻を見る目は、違っていた。
島崎さんは、あとがきにこんな風に書いている。
▼安井かずみは、そんな時代[=みんなが豊かになることをめざして懸命に走っていた時代]を作詞という才能と飛び抜けたセンスで体現した女たちの憧れであった。(p.374)

歳の違いと、興味関心の違いなのかもしれないが、島崎さんが「安井かずみ=女たちの憧れ」だったとあちこちで書いているのは、私にはなんだか違和感があった。正直、(ほんまかいな)と思うところがある。「私たち」とか「多くの女」と書かれるときに、そこには誰が含まれてるんやろと思ったのだ。

たとえば、伊東ゆかり・中尾ミエ・園まりの三人娘を証言者に立てた章の冒頭にはこう書かれる。
▼…安井かずみは、訳詞家としてデビューした1960年代前半から亡くなった90年代半ばまで、実に30年以上の長きにわたって日本の女たちのロールモデルであり、メディアのスターであり続けた。
 20代から30代前半は自由奔放に生きる人気作詞家として、30代後半からは加藤和彦と理想の夫婦を体現する女として。高度成長期からバブル崩壊へと刻々と姿を変えていった日本と、歩調を合わせるかのようにその生き方をギア・チェンジして、大衆の憧れを誘い続けた。安井はどこまでも"時代の娘"であった。(pp.38-39)

あるいは、巻頭の林真理子を証言者に立てた章では、こうも書く。
▼あの頃、安井かずみはなぜあんなにも私たちを魅了したのか。安井かずみが生きた時代とはどんな時代であったのか。そして死んでなお、安井かずみに惹きつけられるのはなぜなのか。(p.22)

島崎さんの書く「私たち」が、私にはどうも遠い。その感じは、本を読んでる間もずっとあった。どういう世代が、あるいはどういう女たちが、安井かずみに憧れたのか?と思う。

巻頭の章で、林真理子は、安井かずみは最高に眩しいロールモデルであったと語っている。
「…桐島洋子さんなんて、とてもカッコよかった。従軍記者になったり、颯爽と子供を産んだり。知のアイドル落合恵子さんも人気がありました。ただ、お洒落やその生活を真似たいという文化人は、安井さんが嚆矢。パリに行って、お洋服買って、朝からシャンパン飲んでみたいって思ったもの」(p.14)

林真理子が著者の島崎さんと同じであるところに、そういう距離感があるのかなとも思った。安井かずみと島崎さんとの間には15年という距離がある(島崎さんと私との間にも、同じく15年の距離がある)。それとも、おしゃれ、センス、そういうものを真似たいという気持ちの強弱なのか。 

その林は、安井の恋愛についてはこう言っている。「…恋をしても中央フリーウェイを飛ばしていくのではなくて、女は男の腕の中で幸せになるということを信じていた人ですよね。恋愛においては、一世代前の女の人なんでしょう」(pp.17-18)

安井の、男との関係のつくり方は、たとえばこう書かれる。
▼安井と加藤のカップルが週刊誌を賑わした頃から、傍目には、キャリアも収入も上の女が年下の男をリードしているように映っていた。だが、「彼女なしでは暮らせなかった」はずの親友とも疎遠になり、気がつけば安井の人生は加藤を中心に回りだしていた。愛して欲しいと願った瞬間、人は自由を手放すのである。ただ一人の男が他の女に気持ちを移した瞬間に、二人のパワー・バランスは完全に逆転し、あの自由奔放な人でさえ自我を折り、夫の顔色をうかがいはじめて委縮していったのだ。…(pp.275-276)

安井は、しだいに女友だちとも疎遠になり、さいごは加藤和彦と縛りあうかのように二人の世界に籠もったようだ。

そのライフスタイルについては、こうも書かれる。
▼健康志向の高まりの中で自然食ブームも起こっていたが、安井同様に多くの女はジムに通い、玄米を食べながら煙草をくゆらして、アルコールを飲んで、アンニュイな表情をしていた。痩せて病的であることや、エキセントリックであることは、カッコいい女の一つのスタイルのようなものであった。(p.305)

安井は、「ガス管くわえたの、もう死ぬから来て」といった愛を試すような電話を恋人にかけたりする人だったという。私には、そういうエキセントリックさがカッコいいとは全然思えず、うざい人やなーと思うが、そういう人がカッコいいと思われた時代があったんかなあとぼんやり思う。

母と同い年の人か…と思い、安井が何歳と書かれるときに、母もこの歳だったのかと(そして自分はいくつだったかと)何度も数えながら読んだ。

(4/25了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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