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ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて(安田浩一)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけてネットと愛国
在特会の「闇」を追いかけて

(2012/04/18)
安田浩一

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エピローグに、著者はこう書いている。
▼私は在特会やその周辺にいる者を糾弾するために取材を続けてきたわけではない。論争で彼らを打ち負かしたいと考えているわけでもないし、その力量もない。…(略)…
 私は知りたかっただけだ。それはけっして理解でも同情でもなく、ただ、在特会に吸い寄せられる者の姿を知りたかったのだ。(p.357)

著者は20代の自分を思い出している。寂しかった、東京のアパートには布団と本棚しかなかった、と。
▼どうせ自分はこんな社会では、うまく立ち回ることができないのであれば、いっそ、社会なんて壊してしまったほうがいいと真剣に思った。私をそこに導いたのはマルクスでもレーニンでもトロツキーでも毛沢東でもない。世の中をブチ壊すことで、ダメな自分もようやく人と同じ地平に立つことができるのではないかという、一種の破壊願望だ。
 だから、もしもそのとき――。私に差し出された手が在特会のような組織であったらと考えてみる。
 よくわからない。よくわからないけれど、その手を握り返していた可能性を、私はけっして否定できない。意外とがっしり抱擁しちゃったりしたんじゃなかろうか、とも思ったりする。(p.362)

一瞬の祭りでハネることだけに生きがいを見出す人々、それが在特会であり、かつての自分だと、著者は書く。あれは「あっち側」のひどい奴らだと、自分との間を画す線を引けない著者の気持ちが、わかるような気がする。「あなたの隣人ですよ」。在特会とは何者かと聞かれると、著者はこう答えるという。
在特会、在日特権を許さない市民の会は、在日朝鮮人が数々の特権を享受し、日本人を苦しめていると、聞くに堪えない言葉で、攻撃的なひどい街宣をしている。そのデモの動画はネットで何十万回も再生されているのだという。

▼理不尽で、荒々しい力で、彼らを駆り立ててやまないものは何なのか。彼らが口にする憎悪の源には何があるのか。いったい彼らは、かくも過激な在特会の活動の、どこに魅了されているのか。…
 そもそも、いったい何を目的に闘っているのか。いったい誰と闘っているのか。(p.9)

在特会がどう生まれ、会員はどんな人たちなのか、著者は取材していく。ついに逮捕者まで出した抗議行動では、逮捕されたメンバーが「家では良きパパ・良き家庭人」だというところに、『戦争の世紀を越えて』で書かれていた、イエドヴァブネの惨劇の起きたポーランドの小さな村のことを思い出した。隣人のユダヤ人たちを虐殺したのは、やはり良き父、良き夫たちだった。

在特会が主張する「在日特権」は本当なのか。そのことも著者は問いかける。
▼一つひとつ事実を検証すれば、「特権」というよりは、在特会やその賛同者が従来の制度を思いっきり拡大解釈したうえで、彼ら独自の見解や根拠の怪しいデータを付け加えた、いわば彼らが後から"発見"したもの──といったほうが正確だろう。(p.210)

在特会が槍玉にあげる「特権」は、旧宗主国の責任として、植民地支配をしていた責任として、日本が在日に対して設けた"補完的な権利"である。
▼閉塞感に満ちた今日にあって、こうした「特権」というコンセプトは、声を大にして打倒すべき対象としては実に魅力的だ。なかでも「自分は社会から守られていない」と感じる層にとって、在日コリアンに与えられた補完的な権利が「手厚い庇護」に見えたこともあったかもしれない。彼らにとって在日とは、既得権益に守られた特別な存在に映ったのだろうか。しかし、繰り返すが、調べれば調べるほど、彼らが「特権」だと非難するような権利は、少なくとも、私たち日本人が当たり前のように行使しているものであり、日本人が羨むほどの内容ではないのだ。(p.211)

在特会に賛同し、加わる理由は何なのか。著者が聞き取った話をいくつか読んでいて、出てきた頃には右翼にいたという雨宮処凜みたいやなーと思う。

ある人は、在特会にハマった感覚を、仲間が認めてくれる高揚感、仲間が守ってくれるという安心感と語っている。「家にも会社にも学校にも拠り所を持たない人間からすれば、…自分を見てもらえる、認めてもらえる、そしていざとなれば助けてもらえるという安心感は、仲間になってみないとわからないかもしれませんけどね」(p.323)

別の元会員は、在日特権とか関係ない気がする、盛り上がれたらいいだけで、と語る。「そんなことで盛り上がれるのも、彼らはリアルな"世間"というものを持っていないからなんですよ。僕自身もそうだったんですからね。よく考えてみてくださいよ。彼らのなかで、地域に根付いた活動に参加している人間がどれだけいます? そもそも地域社会なんて視点はないでしょう。地域のなかでも浮いた人間、いや、地域のなかで見向きもされてないタイプだからこそ、在特会に集まってくるんです。そして日の丸持っただけで認めてもらえる新しい"世間"に安住するんです。」(pp.337-338)

ぐっと胸にささるのは、在特会と対峙したこともある京都朝鮮第一初級学校のOBのひとりが語ったことばだ。
▼「在特会って、わかりやすいですよね。腹も立つし、悲しくもなるんやけど、あまりにわかりやすいだけに恐怖を感じることはないんです。僕が怖いのは、その在特会をネットとかで賞賛している、僕の目に映らない人たちなんです。いっぱい、おるんやろうなあと思うと、正直、つらくてしかたないんですよ」(p.363)

ネットの向こうで在特会を賞賛している人たちもまた、「あなたの隣人ですよ」という人たちなのだろう。どこかの見知らぬ人ではなくて、顔を見知った隣の人が在特会の口吻に快哉を叫んでいるかもしれない。そのことを想像したくはないが、想像してみなければと思う。

(4/10了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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