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ヘンな日本美術史(山口晃)

ヘンな日本美術史ヘンな日本美術史
(2012/11/01)
山口晃

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この本が近所の本屋で平積みになっていた頃、なんべんか、ぺらーとめくっては、買おうかな~と思いつつ、結局図書館で予約待ちをしていて、こないだまわってきた。

この本で山口が言及している「絵」とか「美術」作品は、実際にどっかで見たことがあるのも少なからず含まれていたが、なんというか、私がぼやーっと見ていたのとは全然違うところからパシーッと光を当てられたような、私が「見たつもり」でいた絵やら作品は、もしかして、こんど見たら全然違うように見えるかも…と、しまいまで読んで思った。

たとえば写実的な絵のことを"写真みたい"と評して、しかもそれが「スゲエ」という意味あいだったりするのは、やっぱり美術の教育というのが、こんなのがエエのやと指し示してきた結果なのかなーとも思った。

私が5年まで通った小学校(いまは廃校になった)では、毎年春に写生会があった。そして、どの学年も、毎年万博公園へ行って絵を描いた。写生がものすごくうまかったM尾君のことを、いまでも思い出す。その「うまいなあ」というのは、見たままのサイズで建物が並んでいるとか、遠近法がくるってないとか、今思えば、"写真みたい"なうまさなのだった。M尾君の絵は、真ん中にばーんと観覧車を描いたら、そのまわりはちまちまとなってしまうような絵とは違うものだった。そういうのを、私も含めてまわりの子どもは「うまいなあ」と思っていたのだな、と思う。

そんなことを思い出すと、「写生」というのを学んでしまったら、できなくなってしまうことがあるねんデという山口の指摘は、天動説じゃなくて地動説だというくらい、私にはどっかーんときた。
塗りたい色しか塗らない、描きたいところしか描かない、「伊勢物語絵巻」時代の絵師は自然体で描けていた、それは「見たまま」が至上ではなかった時代だからこそ、できていたのではないか、と山口はいうのだ。

▼明治時代になり、写生をやった日本人はこれができなくなってしまいます。一度、自転車に「乗れる」ようになってしまうと、「乗れない」事をできなくなってしまうような感じです。
 ものを見ようとすると、子供でも線が引けなくなるのですが、これは色を塗ると云う面においても同じ事が言えます。
 …(略)…
 「伊勢物語絵巻」時代の絵師は、小さい子供のような色の使い方の延長にありつつ、職人としての錬度を上げていく事が、自然にできていたのではないでしょうか。
 それは「見たまま」が至上でなかった時代だからこそであって、恐らくは子供の頃から親方がやっているのを見て、真似する事で、何の疑いもなくそれができたのです。ものを見て描くよりも、こっちの方が美しいからそう描くと云う純粋さでやってこられた。
 ものを見て描くことを覚えると、それができなくなる時期があります。(pp.61-62)

▼私の学生時代の同級生などでも、見ないと描けないと言う人が多くいます。やはり写生と云うものをやっていると、引き写す技術は非常に長けてくるのですが、頭の中でイメージしたものを再構築する技術は別の所へ行ってしまう。これは近代の美術教育を象徴していると思います。(p.68)

写実とか写生というものと、絵というもの、それはどう違うか。

▼そもそも、写実的な絵と云うものの「嘘」を私たちは知っています。いくら巧い絵であっても、所詮は三次元のものを二次元の中でそう「見えるように」表現しているに過ぎません。…
 少し小理屈を述べてまいりましたが、要は、絵画と云うのは記録写真ではない訳ですから、写真的な画像上での正確さよりも、見る人の心に何がしかの真実が像を結ぶようにする事の方が大切なのではないでしょうか。(p.115)

▼見ながら描けば、目を凝らす度に筆が止まります。筆勢を活かす事など覚束ないでしょう。逆に西洋絵画は、筆勢や筆跡は極力抑えて、画面内の形象の一部たり得るよう注意深く筆をおきます。それによって高い再現性の一助としているのですが、その再現性は多分に光学的な正確さを旨としています。
 写真画像を知っている私たちは、その【テ】の正確さを「正解」としてしまいがち(勿論、正解の一つではありましょうが)ですが、それを知る以前は(実は今でも)、人の【実感】と云うものが「正解」であったでしょう。「そうそう、小鳥ってこんなんだよ!」と云った風に。
 日本に限らず、古い時代の絵はパース(遠近)がつきません。あれは、人がそういう印象を持って風景なりを見ていた、そう実感していたと云う事で、例えば一本道で友達を見送ったとします。遠くの山を背景の遠ざかる友達は見た目上どんどん小さくなり、その足下の道はあなたの足下にあるものより大分細く見えます。ですがあなたは、友達の背が縮んだ、道が細くなったと思うでしょうか。遠くに行ったとは思っても、縮んだとは思わないはずです。そして、そう思わないものは、そうは描かないのです。(p.225、【】は本文では傍点)

(M尾君はうまいなあ)というのは、小学校低学年にして、すでに私の中にもしっかり根づいていた「光学的な再現性の正確さ」みたいなものがスゲエという"ものの見方"やったんかなあと、私は35年くらい前のことを思い出す。

山口がいろいろ書いているなかで、もうひとつ「ああそうか」と思ったのは、どういう向きに絵を見るかということ。それは、たぶん絵に限らない。「いま」から溯って、その絵を見るのではなくて、「その絵が描かれた頃」からいまに向かう視点をもったほうがいい、と山口はいう。

▼そうではなくて、その絵が描かれた時代を起点にして、なるべくこっち向きの視点を獲得する。「こっち向き」と云うのは、要するに、その時代からどうなるか分からない未来を見据えた視線を一生懸命想像する方が、あるべき態度かと思います。
 なぜなら、溯る態度と云うのは、家系図を反対から見るように、何であれ、それを必然にしてしまうからです。家系図と云うのは下の時代から辿ってみると、そこには運命しか書かれていないように読めますが、私たち自身の将来を見通す事ができないように、当時から見れば、偶然の山積物の結果が表わされている訳です。
 美術の歴史においても、本来そのような見方をしないといけないはずです。(p.27)

"当時から見れば、偶然の山積物の結果"!!!! 

あと、鳥獣戯画が描かれたような時代の、作家性のあり方と「自分」というものは、現代とだいぶ違うという話もおもしろかった。
▼現代だったら独自性に固執するあまり、「あ、俺はこんな絵は描けない」と言って落ち込んで終わりなのですけれども、その枠が緩いと「じゃあ、俺はこうしてみよう」と云う風に広がるほうに行く。その結果、むしろ自分というものを保てる側面がある。そういう、絵描きにとってはある種の幸せな状態が生まれていたのだと思うのです。(p.26)

何の気なしにものを見ているようでいて、そんなことはあらへんなーと、絵を描くにしても、好きに描けばいいとか描きたいものを描けばいいとか言われてはいるが、どこかで"正解"の枠のなかにおるんやなーと、つくづく思った。

(3/23了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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