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四百字のデッサン(野見山暁治)

四百字のデッサン四百字のデッサン
(1982/10)
野見山暁治

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久しぶりに、ちょっと大きい本屋へ行ったら、「在庫僅少文庫フェア」というのをやっていて、ついつい棚の前でうろうろとする。「これを逃すともう手に入らないかも!」みたいな掲示もしてあって、まあ図書館へ行けば、たぶん読めるだろうけれど、「もうこれで終わりかも」という雰囲気に、棚の文庫を抜き差しする。

『四百字のデッサン』というタイトルはおもしろいなと思って、棚から抜く。野見山暁治って、こんな絵を描くのかとカバー装画を見る。

目次をひらくと、巻頭に「戦争画とその後──藤田嗣治」とあって、そのページをぴらぴらと見る。アッツ島玉砕の大きな絵ができた日のことも書きとめられていた。目次には、駒井哲郎とか田中小実昌の名もあって、ちょっと読んでみたくなり、読んだあとは、藤田の戦争画で修論を書いたKさんにあげればいいしと思って、買って帰る。在庫僅少フェアの思うツボである。
野見山暁治は、1921年、大正10年のうまれだ。この世代は、戦死率がいちばん高い。野見山は、出征したものの、「あっけなく病気になって満州から送り返され、内地の病院を転々とした揚句」(p.176)、療養所で戦況を見守る、ということになった。野見山はそれで命拾いをしている。

郷里は福岡、彼の地の西日本新聞にコラムを頼まれて書いたものが、この本のIIに収められている「うわの空」の文章群で、「連載していた二ヵ月間、どっぷりと私は過去に浸って…埋もれた日々を掘りおこすことに追われてばかりいた」(p.225)という。

▼そうして、わたしは今日の日までに触れあってきた人々が、いまの私を造りあげているということに気がついた。
 過去は棚のなかに収まって古ぼけているのではなくて、わたしの足のつま先から徐々に這いあがって頭のてっぺんまで、ぎっしり詰まって現在の〈私〉が歩いていることになる。そうなると余計、ものは要らないようにも思えてくる。(p.225)

そのコラムだけでは、一冊の本にするのに頁数が足りないからと、編集者から交友関係に探りを入れられ、そうして人選された人たちについて書いたというのが、この本のIの「ひとびと」だ。駒井哲郎は同級生で、田中小実昌は義弟だという。

子どもの頃のこと、戦中のこと、戦後のこと、絵を描き続けてきたこと… 絵を描く人だからか、「四百字のデッサン」というタイトルどおり、文章を読んでいると、絵のように思えるところがずいぶんあった。

▼…雲がかげって風景の一部に影が出来たとき、ほんとうに美しいと思うことがあるだろう。それなら自分でその影を落とせばよいのだよ。私は在るがままの風景から、在り得る風景に飛躍した。(p.188)

読み終わってから判ったことだが、この河出文庫は、新版となって昨年出ていた。旧版は、たしかに在庫僅少だったのだろうが、本屋にあざむかれたような気持ちが少し残った。とはいえ、フェアがなければ、この本を読むこともなかったかもしれない。

(3/20了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第40回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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