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君は天皇を見たか―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証(児玉隆也)

君は天皇を見たか―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証(児玉隆也)君は天皇を見たか
―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証

(1985/06)
児玉隆也

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『一銭五厘たちの横丁』を読んだあと、むひー、この人すげー、もっと読みたい!と思って、図書館にあった本の中から、まず『君は天皇を見たか―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証』を借りてくる。初出は1971~74年の雑誌いくつか、それが75年に単行本になり、85年に文庫になっている。単行本が出た年に、児玉は亡くなった。

まえがきには、こうある。

(一) この小著は、天皇と天皇にかかわる人々への私の心象風景である。風景を描いたキャンバスには何色かの下塗りがある。たとえば、小学校の社会科の授業で憲法を教えられたとき、"民主憲法"だというのに第一章第一条のしょっぱなから「天皇」という文字ではじめるこのうっとうしさを感じた。その思いはいまもってかわらず、私と同時代人である皇太子を見ていると、なおさらうっとうしい。
(二) 収録したレポートは、ここ数年の間に発表したものから選んだが、第二章の証言部分については私の取材によるものでなく、月刊誌『潮』掲載の資料をお借りし、再構成した。
(三) レポートに登場する証言者や語り手の年齢、職業等は、いずれも発表当時のもので、すべて実名を原則としているが、一部匿名にした。なお初出誌は巻末に記した。
(四) …略…
 昭和50年1月15日 児玉隆也
(p.3)

章立てはこうなっている。

1章 君は天皇を見たか
2章 テンノウヘイカバンザイ
3章 君はHIROHITOを見たか
4章 聞き書き・戦後と私と陛下さま
5章 思召の構図
児玉はまず「天皇を見たか」という問いを発してまわる。さまざまな人の言葉がある。

▼…こうでなければ、受け手が納得しないだろうという、美談の鋳型にはめるには、天皇はわれわれにとってかっこうの素材であるようだ。(p.18)

その例として引かれているのは、戦後間もなく広島を訪ねた昭和天皇が、原爆孤児院で育つ子どもを「大きくなって、立派な人になってくださいね」と励まし、その後24年ぶりに広島を訪問した際に、当時の子どもらが"立派な社会人になってお迎えした"というもの。こないだ読んだ『はだしのゲン わたしの遺書』には、天皇の広島訪問をケッと思う気持ちが描かれていた。この美談に使われた孤児たちも、「天皇は象徴やなか、笑徴や、恥や」とか「最高責任者やったら、ようのうのうと…」「税金つこうていい身分ですね」というのが率直な感情だったというが、全国紙では「これからもがんばります」という誓いが勝手に書かれていた。

2章の冒頭には「砂糖とご真影」として、小学生だった児玉の、空襲後の不思議な感情が書きとめられている。空襲で燃え落ちた小学校には、軍のものか、砂糖がいっぱいつまった教室があり、空襲警報が解除になったあと、近所の子どもや大人がいっせいに校舎の焼け跡に走り、溶けて飴のようになった砂糖に群がった、という。砂糖のあった校舎の奥には奉安殿があり、そこにまつられているゴシンエイは学校でいちばん大切なものだと教えられていた。

▼私の不思議な感情というのは、それほど大切なゴシンエイの安否を気づかうどころか、大人たちがいっせいに潮干狩りをするようなかっこうで尻を向けて、黒く焼けただれた砂糖を掬うのに一生懸命であったことだ。
 私は〈けったいやなあ〉と感じた。(p.72)

2章には、さまざまな人の「証言」がある。
例えば、ラバウルで終戦を迎えた、元陸軍上等兵の証言。
▼…私たちのからだには、ビンタの痛さとともに天皇陛下崇拝がしみ込んでしまったのである。
 軍隊のルール、天皇の軍隊のルールから逸脱した者がいると、戦友のまえでひどい制裁を受ける。ギャングや与太者の手口とまったく同じであった。このようにして、制裁された新兵が二年兵になると、またも同じ論理で暴力を、つぎの新兵にふりかざすのが内務班の伝統であった。陸士からたたきあげた職業軍人たちは、はっきりと「お国のために死ぬ」という決意をもっていた。が、招集された兵士が「天皇陛下万歳」を叫ぶにいたるまでには、こうした制裁教育を受けなければならなかったのだ。(p.88)

「大量自決の島渡嘉敷からの証言」もある。
そのひとつ、当時小学5年生だった人の証言。
▼…ほんとうに日本軍は恐ろしい軍隊だった。抵抗するものは容赦なく処罰されるか、その場で殺された。
 そうした軍の横暴に耐え、あえてこれを許してきたのは、当時の軍国主義一辺倒、天皇の名のもとの教育によるものだろう。
 私は日本の兵隊が死ぬところに何回か遭遇したが「天皇陛下万歳!」ということばは一度も聞かなかった。みな家族の名前を呼びながら死んでいった。当たりまえのことながら、彼らとて同じ人間だったのだ。(p.160)

3章は、1971年秋に天皇が皇后を伴って、50年ぶりにヨーロッパへ旅立った際、児玉が向こうで取材したもの。ヨーロッパ各紙の報道と、児玉の取材メモが掲載されている。とくにオランダでの抗議デモは激しいものだったという。ドイツでは「ヒロヒトラー」という造語がシュプレヒコールされ、「天皇はナチである」というプラカードが掲げられた。

4章の聞き書きのひとつは、広島で赤提灯をいとなむママ・高橋広子さんの「陛下さま この金いりませぬ」。「26年もたって、のこのこと帽子振りに来た」陛下への怨みを高橋さんは語る。

▼…あの人、慰霊碑に花置いて、老人養護ホームへ行って、それだけじゃあないですか。年寄りたちが「陛下さま来られて、これで思い残すことがありません」いうた。うちゃあ、「あんたがたこれだけ悲しんでおって、何が有難いか!」と、新聞引き裂いて泣きました。そのあと、あの人は、天皇は、何をしたですか。原爆病院にも行かず、無縁仏にも行かず、こともあろうに、そのあと東洋工業ば行った。社長の案内で自動車工場を見た。自動車見る暇があったら、27年間も、女房子供にも己が顔見せんと、己がケロイドの顔を包帯の中にとじこめて、屍のように生きとる被爆者に、どうして「チンがすまなかった」というてやらんですか。

 あの人は、帝王学かなんか知らんが、自分の意思はいわん人やと聞いた。あの人に罪はない、原爆病院行くかわりに、自動車会社へ行かせた県や宮内庁の役人が悪いという人もいる。それならば、なぜ、戦争やめさせたのはあの人の意思やという"歴史"があるのですか。「神やない、おれは人間や」というたのですか。美談だけが残って、なぜ責任は消えるのですか。
 うちゃあ情けのうて、へも候や。(pp.227-228)

高橋さんは、8月6日ピカにあった。地獄を見た。15日の玉音放送を聞いて、〈いまさら、何をほざきよるか。遅いわ!〉(p.233)と、腹の中でつぶやいた。

▼うちら被爆者はよう聞かれます。「8月になると思い出しますか?」 へっ、へも候。思い出せるくらいなら楽というもの。うちには、"思い出"やない、いまのいままで地獄は続いとります。(p.239)

5章の「共通の"知人"天皇」には、苗字と基本的人権、内廷費の内訳、税金も払われている…といった児玉の取材によって「わかる」天皇が書かれ、そうしてこう問いかける。
▼こうした、苗字をもたず、戸籍をもたず、象徴という名の国家公務員としての所得を得、税金を払い、日本国民の員数の一員で、選挙権被選挙権をもたない"わたしの知人"の、「不自由でなにもできない人」という認識や印象は、うらがえせば、天皇になにができるか?--という素朴な疑問をひきだすことになる。(p.276)

あきらかに、ないだろうというのは、信教、思想、結社、言論、居住、移転、職業選択の自由、国籍離脱、婚姻、離婚の自由。残された自由は、良心、学問、表現、集会の自由。それも「あるといえばある、ないといえばない」。

いま読んでいる、児玉の『この三十年の日本人』には、いまの天皇が皇太子の時代の話が書かれていて、もし児玉がもう少し長生きして、代替わりした天皇を見ていたら、昭和の終わりを見ていたら、どんなことを書いただろうと思うし、かなうことなら、それを読んでみたかったと思う。

天皇について、天皇という制度について、こういうふうに追求して書く、という人がおもてだって見えなくなっているのが「いま」だと、つくづく思う。そして、切れているものが多い児玉の本だが、「いま」こそ読まれてほしいと思う。

(3/17了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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