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「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」 男45歳・不妊治療はじめました(ヒキタクニオ)

「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」 男45歳・不妊治療はじめました「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」
男45歳・不妊治療はじめました

(2012/06/15)
ヒキタクニオ

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ヒキタクニオというと、絵を描く人だと思っていたら、いつの間にか小説なども書いているそうだ(全然知らんかった)。この『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」』は、『精子提供』『生殖技術』とあわせて書評欄にとりあげられていたのを読んで、ちょっと読んでみたいなと思い、予約して待っていた。その書評では、妻の身体には何の支障もないのに不妊治療で負担がかかるのは妻ばかりだということがヒキタさんの本を引いて書かれていたと記憶する。

不妊の話は、その原因が探られるにしろ、対処に取り組むにせよ、女のほうの苦労がずいぶん大きいせいか、出ている本も、女性の話が多い。だから、『ジャムの空壜』みたいな話は、私には珍しく思えたし、ヒキタさんがどんなことを書いているのかも読んでみたかった。

ヒキタさん45歳、妻は10歳年下だという(40代になって初めての子ですという男性には、こういう妻がひとまわりくらい年下というパターンがけっこうある気がする)。

▼子どもがそんなに欲しければ、もらってくればいいじゃん、なんてことを簡単に言う人間もいる。私だって以前はそうだった。しかし、不妊治療を始めてみて、子どもが好き、子どもが欲しい、というのとは、ちょっとちがうのだ、と思った。
 自分には生殖機能があるのかどうか、そこを見極めたい、という欲求があるのでは、と感じた。
 私の場合にかぎっての話だが、子どものいる私の家庭など想像できない、それが幸せなのかどうかなどまったくわからない。それでもがんばるしかないというのは、人間が持っている生殖への本能があるからではないか、と思う。不妊治療をしている人間にとって、子どもを持つ幸せなどわかるはずもない目標なのである。(pp.132-133)

「生殖機能があるのかどうか、そこを見極めたい」という欲求は、"妊娠の機能があるのだから使ってみたい"と思うとか、"妊娠可能な年齢のタイムリミットに焦る"とかいうのと、もしかしたら似ているのだろうか、と思った。が、単に、あれこれと考える時間が長くなった末に頭に浮かんでくることのような気もした。避妊に懸命に取り組んでいるときには、自分の生殖機能は当然の前提だろうから。
タイミング法に取り組むも成果がなく、人工的な授精に取り組むヒキタさんと妻は、ついには顕微受精にふみきる。妻の身体には異常がないというのに、自分と妻との身体的負担の差が大きすぎるとヒキタさんは思う。

▼妻は不妊治療を始めるにあたっての妊娠できるかの検査で、異常なしという結果をもらっている。問題がないのである。
 すべての不妊の原因は、私の駄目金玉ということだ。しかし、妻は手術台に乗せられている。不妊治療とはいうが、妻に治療する場所などない。それが申し訳なくてたまらなかった。…
 身体的負担の割合はちがいすぎる。元来、妊娠出産というものは、女性側に大きな負担があるのだが、不妊治療の場合でも同じような割合になる。(p.173)

2度目の顕微授精で、妻の妊娠がわかる。そこからの話は、出生前診断をどうするかと迷うところがあって、「そんなものは受けなくていい」と中畝常雄さんは言ったんよなあと思いながら読んだ。

4ヶ月の妊婦健診に出かけたヒキタさんの妻が、胎児の頭に空洞があると言われたと帰ってきた。それは、染色体異常の徴候かもしれない、という推測を前に、妻からの伝え聞きでははっきりしないところを医者に確かめようと1週間後の診察予約をとるが、そのあいだヒキタさんは悶々とする。羊水検査を受けるのかどうかを考えたことも書いてある。

「羊水や羊水中の胎児の細胞を使って、染色体や遺伝子に異常がないかを調べる。羊水検査は、染色体異常の子どもが産まれる危険を回避できる。」(p.203)という言葉を読むと、産まれる危険て何??という思いになる。

そして、ヒキタさんの妻の、このころの日記。両親の異様な心配もあって夫と再度説明を聞き、夫のヒキタさんは安心し、しかし知人H氏からの心配のメールがまたやってくる。
▼【…いまさら羊水検査を受けるのか? 先生と夫は受けなくていいんじゃないかという意見。私はまたぐるぐると不安や様々な考えで頭がいっぱい。しかし二つ返事で羊水検査を受けたいと思えない。なぜか? もうギリギリな時期だしもう産もうと思っているからかなあ。よくわからない。考えたくない。育てるのは夫と私だから夫を信じることが一番シンプルなのかも?…】(pp.211-212)

「二つ返事で羊水検査を受けたいと思えない」という妻のこころ。検査という技術があることで、やっぱり「調べて、どうするん?」という状況に置かれるんかなあと思う。

「不妊治療」というのは、不妊が病気扱いになって、それを治すという発想の言葉なんやなーと、あらためて思った。そして、どこまでやるのか、いつまでやるのか、どこかで引くのか、突っ込んでいくのか、そこの踏ん切りが大変やなあと思った。言葉と発想は病気扱いのくせに、健康保険がきかないところもあって、治療にはけっこうなお金がかかる。心身のきつさだけでなく、お金の面で区切りをつける人も少なくないらしい。

読んでいる途中で、たぶん心身の負担の大きさもあるのだろうが、ヒキタさんはこのままやるぞー!と意欲的な一方で、妻がそれにひきずられているような印象を受けるところがあった。なんで子どもがほしいのか、「できちゃった」というのとは違って、そういうとこらへんを考える時間があるだけに、「つくろう」という場面で夫と妻のあいだのキモチのすりあわせができへんかったら、あとあと響くやろうなーと思った。

笑ったのは、区のパパママ学級なるものにヒキタさんと妻が参加してみたときの話。参加者の中で、ヒキタさんは「ぶっちぎりの年寄り」だった。ほかのお父さんは20~30代、総じて優しそうでおとなしそうだった、そうだ。

講習のほとんどは、妊娠している妻を夫はどのように優しく扱わなければならないか、という保健師の話で、なにかというと「離婚危険値が高くなります!」とフリップを掲げるようなものだったらしい。夫が食事の後片付けをしないと「離婚危険値が高くなります!」、夫が掃除をやらないと「離婚危険値が高くなります!」、妊娠中に夫の実家へ帰ることを強制すると「離婚危険値が高くなります!」…という具合に。

ヒキタさんは、なんでこんなに夫を責めたてるのだろうと感じた。講義のあとに一人ずつ感想を述べる段になって、「いろいろ聞いていて、妊婦さんと一緒にいる旦那ってのは、責められ続けるんだなあ、と感じました」と発言したヒキタさんに、保健師さんは「せめているわけではないんですよ」と言った。ヒキタさんは、えええ? 責めまくりじゃん! と思った、と。

(3/16了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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