読んだり、書いたり、編んだり 

おじいさんのランプ(新美南吉・著、長野ヒデ子・絵)

おじいさんのランプおじいさんのランプ
(2005/10)
新美南吉・著、長野ヒデ子・絵

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まだ読んでない話が入っていたので、借りてきた。「ごんごろ鐘」と「川」「嘘」を初めて読む。

村の「ごんごろ鐘」を、とうとうお国のために献納することになった。これは、もうじき国民六年になろうという「ぼく」の日記のようなかたちで書かれている。「ごんごろ鐘」の思い出は数限りない。尼寺の鐘楼の下は、村の子どもたまり場で、毎日そこで遊び、夕方には庵主さんがついてもいいとおっしゃるのを待って、撞木をうばいあって鐘をついた。

「ごんごろ鐘」がいよいよ出征する日、年寄りも壮年も子どもも、それぞれに別れを惜しみ、ぼくらは見送るつもりで鐘についていった。その翌日、「ごんごろ鐘」の出征の日を一日まちがえたおじいさんがやってきた。お別れができなかったことをおじいさんは残念がった。ぼくたちは、全員一致して、おじいさんを町までつれていって、「ごんごろ鐘」に会わせてあげることにした。おじいさんと町まで行き、そしてまたおじいさんを家まで送るのは大変だったけれど、誰も文句を言わなかった。
ラジオのニュースで、きょうもわが荒鷲が敵の飛行場を猛爆して多大の戦果をおさめたと言っている。ぼくの眼には、爆撃機の腹からばらばらと落ちてゆく黒い爆弾のすがたがうつる。
▼「ごんごろ鐘もあの爆弾になるんだねえ。あの古ぼけた鐘が、むくりむくりとした、ぴかぴかひかった、新しい爆弾になるんだね。」
とぼくがいうと、休暇で帰ってきている兄さんが、
「うん、そうだ。なんでもそうだよ。古いものはむくりむくりと新しいものに生まれかわって、はじめて活動するのだ。」
といった。(p.39)

「ごんごろ鐘」は、最後に海蔵さんが日露戦争に出征していく場面を描く「牛をつないだ椿の木」にも似て、戦争というものが、するりと書かれている。

「川」と「嘘」は久助君や兵太郎君の話。思春期のちょっと手前、10~11歳頃の子どもの心、友達とのことで、こうすれば、ああすればと思い、自分のしたことを省みて、それが言えずにくるしみ、いっそ誰かに話してしまえば楽になるのではと思う、そんなゆれる心が書かれている。

「手ぶくろを買いに」「うた時計」「おじいさんのランプ」「牛をつないだ椿の木」「貧乏な少年の話」を、またまた読んで、いいなあと思う。南吉の童話には、人の生きる姿、生きているとゆれ動く心もようが書かれていて、まだ読んでないのを、読みたいと思う。

(3/9了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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