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9条どうでしょう(内田樹、小田嶋隆、平川克美、町山智浩)

9条どうでしょう9条どうでしょう
(2012/10/10)
内田樹、小田嶋隆、平川克美、町山智浩

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この本は、単行本で出たときにも読んでいる。2006年、安倍晋三が前に首相だった頃だ。安倍内閣では、愛国がどうのこうのというイキオイで教育基本法が改正され、憲法改正の段取りだとばかりに国民投票法が制定された。"国民投票法を知っていますか"みたいなパンフレットが近所の公民館のチラシ棚にまで並んで、憲法改正へいってしまうのかと案じたこともあった。が、お腹痛いと安倍が退陣して、それから政権交代もあって、民主党という寄り合い所帯にも改憲派はいるものの、おもてだった改憲の動きは沙汰やみになったと思っていた。

しかし、お腹が痛かった安倍が、ええクスリができたと復活して、またまた首相になってしまった。2006年よりも改憲をいう政党が増えた感じで、この先どうなるのかと思ういま、文庫になったこの本をまた読んでみる。

この本に書いている4人は、これまで半世紀近く繰り返されてきた護憲派/改憲派の言葉を越えて、これまで誰も言ったことがないようなことを書こうとしている。そのことを、内田樹は「臆断の檻」から解き放つ言葉、と書いている。

▼獄舎の扉が外からしか開かないように、私たちを「臆断の檻」から解き放つ言葉は、檻の外からしか到来しない。…(略)…
 必要なのは「鉄格子の隙間を抜けることができるもの」である。
 たくみな「言葉使い」は、彼の本体を閉じこめている檻の鉄格子の外に言葉だけを逃すことができる。そして、外に出た言葉だけが扉を外から開けることができるのである。(p.22、下線は本文では傍点)
どう読んでも「恒久平和主義」を掲げる憲法と、「戦力」をもつ自衛隊と、この両者の存在の"ねじれ"をどういう方向で読み取るか。大きく二つの主張がある。一方は自衛隊は憲法違反だと言い、他方は憲法こそが現実にそぐわないものになっていると言う。前者は護憲を言い、後者は改憲を言う。

この本の4人はどんなことをいうか。

内田は、日本はこの"ねじれ"を病むことで生きのびてきた、という。
▼憲法九条と自衛隊の「内政的矛盾」は、日本がアメリカの「従属国」であるという事実のトラウマ的ストレスを最小化するために私たちが選んだ狂気のかたちである。そして、その解離症状から引き出しうる限りの疾病利得を私たちは確保してきた。それは世界史上でも例外的と言えるほどの平和と繁栄をわが国にもたらした。だから、私はこの病態を選んだ先人の賢明さを多としたいと思う。(pp.71-72、下線は本文では傍点)

軍隊オタクの町田は、戦争は男の本能だってなことを書いていて正直ちょっと引くが、改憲派の言ってることがどうヘンかというのを縷々述べたうえで、もしも改憲するなら徴兵を!という。
▼欧米では徴兵制度の廃止に反対しているのは、日本とは逆にリベラル派である。というのも、職業軍人だけに軍隊を独占されるのは危険だからだ。国民皆兵制は、アメリカ憲法修正第二条と同じく、国家権力の横暴を防ぐためのものである。
 もし改憲で軍隊が生まれてしまったら、…改憲に反対していた人たちもみんな一緒に来て欲しい。そして、軍が悪に進まぬよう力の限り内部から監視し、告発し、闘うのだ。『兵隊やくざ』のように。(pp.118-119)

※アメリカ憲法修正第二条は「人民が武器を保有しまた携帯する権利を侵してはならない」というもので、それは「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから」という理由がついている。

小田嶋は、日本国憲法は大胆な理想主義で、若干ポエムっぽく、文体が翻訳くさいが、全体として悪くない、ほとんど美しいとさえ言える、と書いている。
▼なにより、国家観が良い。
 国家主義者に言わせれば、国防を放棄した国家は、タイヤを持たない自動車が自動車でないのと同じように、そもそも国家ではない。なんとなれば、近代国家の第一の機能は、まず何よりも国防だからだ。
 が、新しい国家は違う
 新しい国家は、主権国家が国防のための捨て石と考えていた当のものすなわち国民の生命をなによりも優先して防衛する対象としている。(p.165、下線は本文では傍点)

平川は、法と現実の関係が変わってしまったことを述べ、現実に法をあわせるべきだと主張するような人びとには、改憲してほしくないという。
▼わたしは、現行の憲法は何が何でも総体として変えてはならないと主張する護憲派ではない。いや、たとえ一字一句同じ憲法であったとしても、日本人はもう一度、憲法というものを自ら選び直す必要があると思っている。また、専守防衛の自衛隊の構想と、今のような自衛隊を育ててきたことを評価してもいる。その上で、自衛隊の存在意義を憲法に位置付けられればいいと思っているのである。
 しかし、この間の改憲の議論を見ていて、「彼ら」には憲法を変えていただきたくないと思うのである。「彼ら」とは、世界の現実に合わせて、あるいはアメリカの極東軍事戦略に沿って、憲法九条を変更して国軍を海外に展開したいと望んでいるもののすべてである。…(略)…
 「彼ら」に共通しているのは、「現実というものは自分たちが作りだすものに他ならないという認識の欠如である。「現実」に責任をとるということは、「現実」に忠実であることではなく、「現実」を書き換えるために何をすべきであるのかと考え続けることである。そのように考える言葉を信頼するということである。(pp.223-224、下線は本文では傍点)

国民て誰やろう?日本人て誰やろう?とも思うけど、そんなんも考えながら、ねちねち読む値打ちはある本だと思う。

(2/5了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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