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母の遺産―新聞小説(水村美苗)

母の遺産―新聞小説母の遺産―新聞小説
(2012/03)
水村美苗

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この小説のタイトルはちらっちらっと目にしていたが、どうも図書館では長蛇の予約待ちで、まあそのうちと思っていた。がぜん興味をもったのは、山口晃展で、新聞連載だったときの挿絵を見たことから。

そして、すいてる方の図書室で、この本があったので借りてきて読む。どうもカバーは山口晃じゃないと思ったら、モリスだった。そして、毎週の新聞連載でずっとあったはずの挿絵はほとんど全く入っておらず、山口晃の作は口絵と題字だけが残っていた。

あの挿絵を本でこまごまと見られるかと思っていただけに残念だが、挿絵がなくてもけっこうな厚さの(500ページ以上ある)この小説は、なかなかぐいぐいと読ませた。

自身の不調をおぼえながら母の介護をしてきた50代の美津紀と、姉の奈津紀。その母が死んだ。二人は、母からの解放感、あの母から解放されたという昂奮につつまれていた。「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」とまで思うようになってからも、二人の母は生きた。母に振り回されるうち、生きる欲望が目に見えて枯れていったと二人は振り返る。

▼母親がこの世から消えるのに最適な「時」などというものは、果たしてあるのだろうか。(p.255)
小学校の身体検査では必ず虚弱体質だといわれたという美津紀。それでも若いときにはまだ体力があったが、閉経も近いと思われる頃にやられた冷房病以来、不定愁訴が続く。そんなときに、母が転んで骨折した。大腿骨が折れ、右肩の骨は粉々だという。今までにもすでにいくつかの骨折を繰り返している母は、うまくいっても手すりをつたい歩きできる程度、悪くすれば車椅子になるだろうと診断された。

一人暮らしはもう無理だからあきらめる、施設に入るわと母は言う。自分で出歩けるわけじゃないから、どこへ入っても同じ、あんたたちが便利なところが一番だ、来られるだけ来てちょうだいという母に、「毎日は無理だけれど」と予防線を張る美津紀。

施設へ入ってから、突然声を荒げて「こんなんなって生きてたってしょうがないから、殺してちょうだい!」(p.60)と母が叫ぶ日もあった。

美津紀の疲れと苛立ちはつのる。
▼美津紀だって母に死んで欲しかった。母自身が死にたいという欲望の、それこそ何十倍もの強さで、長いあいだ母の死を願い、それなのに、母の幸せを思って努力し続け、自分の命を削り取られてきた。そんな状態にこれからも耐えていかねばならない。(p.60)

母はどうしてあのような母だったのか。母の生い立ちが、なかなか死なない母の話の合間に書かれていく。その話は、母の母、祖母にまでさかのぼる。この小説が新聞連載であったことだけが、タイトルに新聞小説とついている理由ではないのだ。

100年以上前の新聞小説「金色夜叉」のお宮に美津紀たちの祖母が自分を重ねることがなければ、母が生を受けることもなかっただろう。母は庶子であった。そのことが、あるいは母をあのような女にしたのかもしれなかった。
▼祖母があの新聞小説さえ読まなければ、息子の家庭教師と駆け落ちをすることもなかった。そうすれば、母だけでなく、母の娘たちもこの世に生を受けることもなかった。日本に新聞小説というものさえなければ…(p.373)

物語の冒頭では、死んだ母の遺産の何千万かを美津紀と奈津紀が分けながら語っていた。母に振り回され、身も細る思いの美津紀に対して、夫の哲夫は美津紀よりは若い、けれど若いとも言えない女と不倫をしていた。母の遺産、離婚時に夫からくるであろう金銭、老後の自分の生活をたてていくのにいかほど必要かをノートに書き出して計算する美津紀の姿も描かれる。

母の遺産はその何千万でもあるけれど、母の娘であったことが美津紀にとっては一つの大きな遺産なのだろうと、読みながら思った。

▼あの母が母でなかったらどうだっただろう。
 老いて重荷になってきた時、その母親の死を願わずにいられる娘は幸福である。どんなにいい母親をもとうと、数多くの娘には、その母親の死を願う瞬間ぐらいは訪れるのではないか。それも、母親が老いれば老いるほど、そのような瞬間は頻繁に訪れるのではないか。しかも女たちが、年ごとに、あたかも妖怪のように長生きするようになった日本である。姑はもちろん、自分の母親の死を願う娘が増えていて不思議はない。今日本の都会や田舎で、疲労でどす黒くなった顔を晒しつ、母親の死をひっそりと願いながら生きる娘たちの姿が目に浮ぶ。しかも娘はたんに母親から自由になりたいのではない。老いの酷たらしさ近くで目にする苦痛─自分のこれからの姿を鼻先に突きつけられる精神的な苦痛からも自由になりたいのではないか。(p.479)

読んでいて、いま『We』でマルタさんが書いている「よき思い出なき人々への伝言」と重なるようだった。

そして、読んだあとに、この水村美苗の母が書いた自伝的小説があることを教えてもらって、その水村節子の『高台にある家』を読んでいる。これが、あの母かと思いながら。

(2/3了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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