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雑居家族(壺井栄)

雑居家族雑居家族
(1999/10/01)
壺井栄

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年明けに『二十四の瞳』を読んで、『[二十四の瞳]をつくった壺井栄』を読んで、『雑居家族』を借りてみた。これは、昭和30(1955)年3月から8月まで、毎日新聞に連載された小説で、タイトルどおり、寄り合い所帯ともいえる"家族"を書いている。

戦争がまだ終わらぬ頃、同じ部屋の下の頭数だけはさらしておかねばならないと、同居する4人の名を書いた板を玄関の格子戸の上に打ちつけた「表札」。

▼四人が四人とも姓のちがった表札を、他人はどうか知らぬが、安江夫婦はおもしろがってながめたこともあった。
「まるで下宿屋だね。」
 文吉がそういうと、安江は安江で、ある感慨をこめて、
「判こ一つのせいよ。私たちルーズなのね。とにかく私たちだけは同じ姓にもなれるのにさ。」
「ま、いいさ。事実が証明する。」
「でも判こ一つだってバカにはできないわ。なにしろ二十年近く一しょにくらす夫婦も、おしめから育てた親子も、みな同居人なんだもの。まだ私はいいわよ。内縁の妻とか何とかいえるけどさ、音枝なんかときたらあんた、まるで見向きもしない長坂なんてロクでもない男がさ、厳然たる親としてどっかに実在するのよ。--もどしてくれったらどうする?」(pp.76-77)
おしめの頃から育てた音枝は、安江夫婦のもとへ、同郷の兵六が「大切な取引先の赤ん坊をもらってくれないか」と連れてきた。「一か月だけ」の約束がずるずると延びて、ついには安江たちが自分の子のように育てたのだった。そして冬太郎(トウタロウ)は、産後に急死した安江の妹の子で、親類縁者が「どないしたもんやろな」「正直な話、こんな置きみやげが、一ばん困るわな」とささやきあう中で「私にあずからしてもらえませんか」と引き取り、やはりおしめから育てたのだった。

その安江の家族に、終戦の翌年に加わるのが、兵六の「紹介」でやってきた進少年。追い出すこともできず、部屋代もとれぬまま進は雑居に加わる。そしてまた夏樹という赤ん坊がやってきた。安江たちが仲人をした若い夫婦が二人そろって肺病で寝こんでいるのを、見かねてあずかった子である。無事育つとも思われず、若い両親にかわって看取りをしてやろうと胸を痛めていた夏樹も、すこやかに育っていく。

その夏樹も9歳になったとき、縁もゆかりもない浜子という19歳の娘が、この雑居にとびこんでくる。時代はちょうど、この連載小説が書かれていた頃になる。

安江夫婦の「お人好し」もさることながら、無理やり押しかけていながら、遠慮のない言動をする浜子に、文中では「アプレ」とかぶせられている。浜子は冬太郎と同い年なのだが、浜子ばかりがアプレゲール、戦後派と呼ばれるのは、浜子が語るように、大学生になっている冬太郎と、浜子との、性別も含めた境遇の違いのせいなのかもしれない。

その浜子が、ある一夜の結果、妊娠してしまい、そのことにかかわって、当時の「産児制限」としての妊娠中絶事情が、お隣の奥さんの嘆きとして書かれていたりする。

▼七つをかしらに三人の子持であるとなりの奥さんは、ここのところ毎年、もしかしたら一年に二回も産児制限をしている。それがいつもおしゅうとめさんに内しょなのだ。時にはその費用のねん出に困って、安江のところへかりにきたこともある。…子供が三人もあれば、主婦は一夜を病院のベッドでゆっくりと休むことさえできないし、おまけにしゅうとめに内しょとなると、苦労も一通りではない。
──もののわかったしゅうとめなんですけどね、それでも嫁となれば、何かしら遠慮なんですよ。バカな話ですけどね。でも、ぽかっと一度に三千円出てゆくなんて、うちの支出ではほかにありませんもの。これがあったら子供の洋服でも靴でも買ってやれるのにと思うと、わたしひとりがぜいたくしてるようで、つい三度の二度は内しょにしますの。──(pp.204-205)

音枝から事情を聞いた安江は、妙子さんと恋愛中の冬太郎に、ひょいとしたことで妙子さんが妊娠したとすれば、おまえはどうするかと問いかける。「不潔ですよ。だって、ぼくたち、清潔なつきあいだけだもん、そんな話、いやだよ」と言う冬太郎に、やっぱり言っとくよと安江は語りかける。

▼「ところでね、私がいいたいのは、この現実なんだよ。」
 「そりゃあ浜ちゃんて子はああいう娘だから、自分でおとし穴へはまったかもしれないよ。でもさ、いくら浜ちゃんだって、おとし穴と知っててはまりこむはずはないだろ。しかも結末だけは女にのしかかってくるんだからね。それをお前、不潔なんてかんたんにいえるかね。だから、愛情なんてものを、大せつにしておくれっていうのよ。かわいそうじゃないか浜ちゃん。─浜ちゃんというより、女全体がよ。男と女のほんのたわむれの結果でさえ、女は大きな大きな犠牲を払わなくちゃいけないんだもの──」(pp.222-223)

物語のさいご、子供を堕ろすつもりだった浜子は、兵六さんの商売を手伝うあいだに、死んじゃおうかと思ったのをよし、堕ろすのもよして、産むと決める。その気持ちを決めたのは、ヨイトマケのおばさんの姿を見たことだった。

▼「──わたしがねおじさん、駅の陸橋のとこで、死んじゃおかと思って立ってた時さ、橋の下をヨイトマケのおばさんたちが通っていったのよ。その中にひとり、大きなおなかした女の人がいたわ。わたし、だんぜん死ぬのよしたの。わたしって、これで案外強いとこあるのよ。こうと思うと、必ずやりとげるの。だから、産んじゃおうと決心したのよ。何とかしてみせますからねおじさん。しばらくここへおいてね。」(p.264)

そして、自分はひとりだと思っていた浜子が、胎動を感じ、ひとりでないことを知らされて、「涙が出るほどうれしく、自分を大切に思おうとした」というところでこの雑居家族の話は閉じられる。

この物語には、壺井栄自身が、産みの親にはなれなかったが育ての親になった経験、戦中は養女にした娘(亡くなった妹の子)を育て、戦後また迎えることになった赤ん坊を育てたという経験が強く反映されているらしい(赤ん坊を育てはじめたとき、壺井栄は45歳だったという)。

こういう「家族」の姿が、1955年に新聞連載の小説として書かれていたことは、なかなかスゴイと思った。そして、そんな雑居もあった「家族」が、いつしか血縁にかたむいていったのは、なんでなんやろうなと思う。

(1/21了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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