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弱き者の生き方(大塚初重、五木寛之)

弱き者の生き方弱き者の生き方
(2009/07/03)
大塚初重、五木寛之

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梯久美子の『昭和二十年夏、僕は兵士だった』に出てくる大塚初重さんと、『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』に出てくる五木寛之との対談をまとめた本。予約待ちが何人かいてはったので、しばらく待っていた。

取材仕事に出た行き帰りに読む。

大塚さんは、下士官として乗った輸送船が二度も撃沈されながら、生き残った。五木寛之は、平壌で敗戦を迎え、引き揚げてきた経験をもつ。その途中で、女性を人身御供にして自分たちが三八度線を越えたことを忘れない。

二人はそれぞれに、それぞれの経験を語ってきた。二人はこう述べている。
大塚 …私はこれまで何度となく自分の体験を語ってきました。でも、それでもなおくり返しくり返し語らなければと思うのです。私たちの世代の人間には、その体験を次の世代に伝える義務がある、とね。だからこそ、人に話せないような恥ずかしい体験も語るのです。五木さんもそうでしょう?
 五木 ええ。日本の歴史、とかいうけれど、一人ひとりの個人の体験をふまえない歴史なんて、フィクションにすぎないんじゃないかと。(p.18)
五木は、引き揚げの際に「女を一人出せ」と言われ、皆の中から「私が行きます」と立って出ていった女性の姿が、美しく格好よかったなんてとても書けないと言い、「歴史というのは活字に残ったものだけではなくて、まだ語られない歴史もあるということだと思うんです」(p.117)と述べる。

大道寺将司の『棺一基』で、辺見庸が未遂に終わった虹作戦について「歴史でなかったし、歴史でないことにされてきたし、今後とも歴史ではありえないだろう」と書いていたことを思いだしながら読んだ。活字に残ったものだけでは歴史ではないし、年表に記されたものだけが歴史でもない、ということを思う。

終戦直後の書物のなかった時代には、本の発行と同時に書店には長蛇の列ができたという話を引きながら、今自分がまったく自由に本が読める立場にいて、何か大切なものが自分の内に欠けている気がするのだと五木は言う。
▼それはどんなに禁止されても、必死になって親の目を盗んでは逃げ道を考え、頭をひねって本を読もうとする、あの生き生きとした欲望がどこかに逃げていってしまっているという事実なんです。(p.179)

このくだりには、『復興の書店』で記された、被災地でようやく開いた書店で、本を求めて並んだ人たちの話を思いだした。

「慈悲」という言葉は、マイトリーとカルナを合わせて造語の天才である中国人がつくったものだというが、「慈」は「がんばれという激励」、「悲」は「そばにいるだけで、何も言わない。黙って相手の手の上に手をのせて、相手の顔を見つめているという状態」なのだそうだ。「慈しむ」という字に、がんばれという激励の意味があるのかと、ちょっと新鮮だった。

お二人の戦中戦後の経験については梯久美子の筆で読んでいたが、この本ではより詳しく語られていて、語り伝えてくださってありがとうございますと思った。

(12/5了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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