読んだり、書いたり、編んだり 

よるの美容院(市川朔久子)

よるの美容院よるの美容院
(2012/05/23)
市川朔久子

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平田オリザの『幕が上がる』の前の日に読んだはなし。

幼なじみの交通事故がきっかけで黙りっ子になってしまったまゆ子は、親元をはなれ、遠い親戚のナオコ先生の「ひるま美容院」で暮らしはじめた。

「声が出なくなっていちばん困ったのは、自分が思っていることを伝えるのがむずかしくなったこと」(p.30)、おかげで筆談で自分の言いたいことをぱぱっと書くのは上手になった。

まゆ子は、美容院の開店準備を手伝い、ナオコ先生に頼まれた買い物を、メモ帳に字を書きながら商店街ですませていく。商店街のお店では、まゆ子のような"わけあり"の子だって構うことなく声をかけてくる。

「あら、まゆこちゃん、お使い?」「今日はサンマがいいけど、いらないかい?」「ねえ、まゆ子ちゃん。明日はお店の予約どう? つまってた?」等々と。
家にいた頃は、まゆ子の言葉が出なくなったらしいと周囲に伝わってからは、近所の人たちが気をつかってあまり話しかけてこなくなった。母が立ち話をしている側にいても、だれもまゆ子のことにはふれず、まゆ子が答えなければならないようなことは訊いてこなかった。
▼でも、なぜだろう。そうしていると、まゆ子のなかで、本当の自分がどんどん小さくなっていく気がした。(p.49)

母は、まゆ子の言葉が出るようにと一生懸命だった。「なにがいけないの。いったいなにが不満なの。どうして口をきかないの。どうすればしゃべってくれるの。ねえまゆ子。」

ナオ子先生にシャンプーをしてもらったのは、ひるま美容院に来た日。以来、定休日の前の月曜の夜は、ナオ子先生がまゆ子の髪にていねいにブラシをかけて、ていねいにシャンプーしてくれる。
▼ナオ子先生の指先はそれはやわらかく、けれどほどよい力強さでもみほぐす。固くちぢこまったまゆ子の頭皮は、そのたび、ふっくらとやさしくほどかれていった。(p.88)

何度目かのシャンプーのとき、「お湯かげんはどうですか。熱くありませんか?」とナオ子先生からたずねられて、まゆ子の口から「…はい」とごく自然に言葉がもれた。(わたしの声、ちゃんと出るんだ。まだ、ちゃんと残っていたんだ)と、まゆ子はぽろぽろ涙をこぼす。

髪をかわかしながら、ナオ子先生は、声が出ないのは、ちょっとは不便かもしれないけど、ちっとも悪いことじゃないとにっこり笑った。

▼月曜日は、よるの美容院の日。
 月曜日ごとに、まゆ子は自分の声が出ることを確かめる。そうして、その夜は安心して眠りにつく。(p.93)

ナオ子先生、猫のジンジャー、見習いのサワちゃん、その弟の颯太、そして商店街の人たちとの交流のなかで、まゆ子はすこしずつほぐれていく。颯太に対して怒りをぶつけたとき、大きな声が出た。颯太からは「おまえ、怒らすとしゃべりだすのな。おもしれー!」と発見され、そのとおり、まゆ子は颯太の言うことにムカムカしたら、しゃべれるのだった。

ナオ子先生にシャンプーをしてもらいながら、まゆ子は、母が困り果てた様子でこの美容院に来たことも聞いた。許すとか、許さないとか、そういうことじゃない、ただ、うんと先のいつか、もしかしたらお母さんのことを分かる日が来るかもしれないと、ナオ子先生は語った。

ひるま美容院で数ヶ月暮らしたまゆ子は、自分で決めて、父と母のもとへ戻った。「もしまただめでも、そのときはすっぱりあきらめて、また最初からやりなおせばいい」「声が出るわたしも、出ないわたしも、どっちもわたし」…ナオ子先生の美容院ですごした時間、ナオ子先生がかけてくれた言葉、それが、まゆ子のなかのちからになっている。

ナオ子先生の手でシャンプーしてもらいたくなった。

(11/23了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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