読んだり、書いたり、編んだり 

雲をつかむ話(多和田葉子)

雲をつかむ話雲をつかむ話
(2012/04/21)
多和田葉子

商品詳細を見る

図書館の面陳の棚でみかけて、ふと借りてみた小説。この人の名前だけは知っていたが、本を読むのは初めてかもしれない。いちど借りてきて、途中まで読んだところで返却期限がきていったん返し、それからまた借りてきて続きを読んだ。

913なので小説なのだろうが、主人公の「わたし」がなんだか著者のように思えて、読んでいると「実際にこういうことがあった」話のようで、しかし「えそらごと」の話に思える箇所もあり、ふしぎな読後感。しかもタイトルは「雲をつかむ話」だ。捉えどころがないような、たよりないような感触が残るのは、著者のねらいどおりか。

読みはじめたときに、ちょうど『ライファーズ』や、そこからさかのぼって『アミティ 「脱暴力」への挑戦』『癒しと和解への旅』などを読んでいたせいか、この小説の「わたし」がひょんなことから出会った男が、その後刑務所に入っていて、その刑務所が刑務所改善促進運動のモデルに選ばれていて、囚人が尊厳をもって扱われている、「もし自分が青少年の時からこんな環境で育っていたら刑務所に入らないですんだだろうという気さえします」(p.16)などと書いた手紙が届く場面で、この刑務所はどんな処遇をしているのだろう、人の命を奪ったというこの男はどのように罪と向きあっているのだろうと思ったりした。
男は手紙で、刑務所内に図書館があって、そこで自由に本を借りられることが驚きでもあり喜びでもあった、と書く。監獄でただ一つだけ耐えられないことは騒音で、金属のきしむ音、重い扉を閉めて鍵をかける音、人間の出す唸り声や罵り声が聞こえてきて、あるいはいつ聞こえてくるか分からないので心が安まらない、という。

▼たった一つ、平和な世界で一人になれるのは、本を読んでいる時だけです。身体は活字でできた壁に暖かく守られ、気持ちは雀のように羽根をはやして、どこまでも自由に飛んでいきます。本を読んでいる間だけは本当に心が静かで、その静けさの中に暖かさが思い出されてくるのです。(p.18)

この、終身刑を受けているという男の話がところどころで出てきながら、ドイツでの「わたし」の話が続いていく。

「電話では何度か痛い目に遭っていたので、たとえ面倒でもできる限り郵便で用件をすませようとした」(p.31)というわたし。電話族に対する不信の念は深い。

▼それと違って手紙は、人の本性を暴き出す。便箋のデザイン、紙の選び方、文字の配置の仕方、文章、サインの字のバランスやスピード感などから、その人の顔が浮かび上がる。…特に言葉の選び方にそれぞれ、その人と文学との関係が見えてくる。手紙から受けた印象と実際にあってみた感じがずれていたことはないが、電話では反比例の関係にあった。(pp.31-32)

どんな小説?と聞かれると、まったくもってタイトルどおりの「雲をつかむ話」というくらいしか言えないが、ときどき、どきっとすることが書いてあった。

まだドイツの永住権をとっていなかったわたしは、年に一度は朝早く真っ暗なうちから外人局の前に並んで滞在許可を延長しなければならなかった。建物は8時に開き、それからわたしの並んでいる列は少しずつ確実に進んでいくが、隣の列はほとんど動かない。その列は、自分の国にパスポートを出してもらえないまま逃げてくるしかなかった無国籍の人たちの列だった。

▼どこの国の人間でも滞在許可を延ばし忘れれば不法滞在になり、犯罪者になってしまう。…犯罪者にされるというのはとても簡単なことなのだ。誰にも危害を与えなくとも、生きているということ自体が不法滞在という犯罪になることがある。(p.50)

「生きているということ自体が」に、胸をつかれる。

路面電車で、乗車券を持たずに乗っていた青年が、高すぎる切符を買う必要はないと主張するのに出会ったわたし。切符を持っているか、抜き打ち検査に乗り込んできた人間に、高いなら乗るなと言われたその青年は、電車はみんなのものだから乗る権利があると言う。わたしは、その発想に、初めは驚き、そのうち納得できてなるほどと思う。

▼それからしばらくの間、路面電車に乗ると、近くにいる人が乗車券を持っているかどうかが気になって仕方がなかった。特にちょっとはずれたことをしている人が気になる。はずれていること自体は許されていても、切符を持っていないという理由で連れ去られて世の中から姿を消してしまうかもしれない。(p.135)

「はずれていること自体は許されていても」に続く後段に、ぎょっとする。

(11/20了)
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/4517-b23cb202
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ