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いのち 生命科学に言葉はあるか(最相葉月)

いのち 生命科学に言葉はあるかいのち
生命科学に言葉はあるか

(2005/10/20)
最相葉月

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iPS細胞のことが、ノーベル賞で、わーーっとなって、手放しで絶賛という雰囲気をものすごく感じ、もやもや~と違和感のようなものが、胸でうずまいていた。たしか『福祉労働』でiPS細胞のことが書いてあったなーと、また読んでみたりした。

何からたどりついたか忘れてしまったが、最相葉月のこの本も、わーーーっとなってる時に何かでみつけて、借りてきて読んでみた。本としては2005年に出ているが、メインの「対話」はほぼ10年前、2002年の春から約1年、とあるPR誌に掲載されたもの。その記事を「対談形式に書き改め、現状をふまえて大幅に改訂を行った」とある。

クローン羊のドリー誕生(1997年ネイチャー誌で公表)、ES細胞の培養・増殖、そしてEG細胞の培養に成功したニュース(いずれも1998年)をうけて、日本では科学技術会議生命倫理委員会の下部におかれたクローン小委員会がクローン技術の人への応用と規制について審議しており、最相葉月はその傍聴を続けていた。

日本政府の方針は、「クローン人間については厳しい罰則のある法律のもとで禁止するけれども、それ以外のヒト胚研究は医療目的であれば今後どんどん開いていこう、ということなのだ」(p.20)。その後、いわゆるクローン法案が2000年に国会を通り、「同じヒト胚なのに、クローン人間は法律、クローン胚は法律に基づく指針、ES細胞は行政指針、不妊治療は日本産婦人科学会の会告、と規制のレベルがバラバラといういびつな状況」(p.22)は決定的となった。ヒトゲノムの解読プロジェクトも進められていた。

最相は、「病気を治すための研究を推進するのが何が悪いのか、医学目的ならよいではないか、と考えるのはあまりにナイーブすぎる」(p.24)と書いている。iPS細胞でわーーっとなってることに対して、私は似たようなことを感じる。
「ライフサイエンス・インフォメーション・ネット」(LNET;2007年11月で更新を停止)という場をネット上にもうけ、そこで議論をしていこうというサイトの運営にも最相は携わった。サイトの目標として、「なぜ、どんな目的でその技術が生まれ、それによって何がどうなるのか、生じうる問題に対処するには何をすればいいのかを的確に把握し、公平に評価し、社会的な合意を得るために専門家と一般の方々との橋渡しをしたい」「あなたがあなた自身の考えを深めるための補助的役割を果たせれば幸いです」という二点を掲げたという。

こうした活動と同時に、各分野の専門家と対話し、この時代の変わり目に多くの人を考えをうかがっておきたかったと、最相はこの本のメインとなっている「対話」を始めた。それは、最相自身が「初めてドリーを見たときに覚えた違和感が、技術を知れば知るほど薄れていくことに不安を感ずるようになったためでもある」(pp.31-32)という。

この本で11章まである「対話」はどれも、ぐっと考えるところがあった。

中でも私にずーんときたのは、10章の「遺伝子診断と家族の選択」。アリス・ウェクスラー&武藤香織との対話。神経難病だった母のお供で難病連や難病友の会などの会合に出たときに、遺伝子診断の話も聞いたことがある。一方の親がもつ難病について、子どもの遺伝子診断をした親御さんが、その結果を子どもに伝えるかどうかで悩んでおられた。母の発症は同じ病気の中でも遺伝性ではなく弧発性だと言われてはいたものの(もしかしたら)という思いは私の中にある(といっても、私はそういう診断を受ける気はない)。

ウェクスラーさんには、ハンチントン病の発症リスクをもつ当事者として、自分と家族の体験、病気の原因遺伝子が発見されるまでの科学者の営みをつづった"Mapping Fate"という本(邦訳『ウェクスラー家の選択』)があるそうだ。武藤さんは、その本を共同で翻訳した一人。この邦訳を読んだ最相は、「病気を突き止める技術が治す技術よりも先走る時代を生きる家族のあり方について、お話をうかがいたいと思った」(p.231)と書いている。

恋愛を含めた自分のプライバシーを明らかにすることに葛藤はなかったかと訊かれて、ウェクスラーさんはこう答えている。
▼センセーショナリズムをねらったわけではなく、遺伝的な疾患をもつことが家族のありとあらゆる面にかかわっているということを書きたかったからです。遺伝性疾患の患者と家族が抱える苦しみについて臨床現場の理解が不十分だと思うことがありましたし、病気が予測できるなら問題はすぐ解決すると医師の方も思いがちでしたので、事態はもっと複雑であることを伝えたかったんですね。(p.233)

病気の原因遺伝子が発見されても、治療法が見つかったわけではない。そこで、将来病気になる可能性についての診断を受けるのかどうかという新たな問題が出てくる。ウェクスラーさんと妹さんは、検査しないこと、「知らないでいる権利」を選ぶ。

遺伝的情報は、医学的にはそれなりの意味があるだろう、けれど、それと同時に「われわれは遺伝子そのものではない」ことも忘れてはいけないと思うとウェクスラーさんは語る。武藤さんの「医学だけが助けられるわけではない」という言葉にも深く共感した。

(10/25了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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