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アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代(児玉真美)

アシュリー事件―メディカル・コントロールと新・優生思想の時代アシュリー事件
―メディカル・コントロールと
新・優生思想の時代

(2011/10)
児玉真美

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河北新報の連載が本になった『生きている 「植物状態」を超えて』を読み、その後にこの『アシュリー事件』を読み、そこへiPS細胞のノーベル賞があって、あたまがぐるぐるしていた。

技術バンザイ路線でほんまに大丈夫なんかと思ったり、「再生」医療と脳死臓器移植はそんなに遠くない気がしたり、そしてまた、もし母が生きてたら喜んだんやろうかと思ったり。

アシュリー事件とは、「日本で言うところの重症心身障害児に対して、子宮と乳房芽を外科手術で摘出し、身長の伸びを抑えるためのホルモン大量療法が行われた」というものだった。この"療法"を受けたのは、6歳の女児。その両親が、娘のQOLを高めるためにと希望しておこなわれた。つまり「生理痛がなくて、発達しきった大きな乳房からくる不快がなくて、常に横になっているのによりふさわしく、移動もさせてもらいやすい、小さくて軽い体の方が、アシュリーは肉体的にはるかに快適でしょう」(p.42)と。

著者の児玉さんは、このニュースを最初に聞いたとき、強烈な違和感があったという。インターネット上ではすでに論争は激化していて、肯定する声が思いのほか多く、しかし児玉さんには「これをOKだと主張する人たちの言うことが、いくら読んでみても、私にはどうしても分からな」(p.8)かった。
6歳の子どもの体から健康な臓器を摘出するなど、許されないのではないかと児玉さんは思う。なぜOKなのか?
▼愛情からやったことだからOKなのか─。
 親が決めたことだからOKなのか─。
 未成年だから親が決めてOKなのか─。
 重症障害児だから、OKなのか─。
 知的障害があるから、OKなのか─。
 全介助だから、OKなのか─。
 これらは、しかし、それぞれ一つずつ単独ではOKとする十分な根拠にはならないはずだ。それなのに、こうした条件がいくつも集まったら、なんとなくOKになってしまうことの不思議─。(p.8)

そして、児玉さんはアシュリー事件を調べはじめる。2007年の初めだった。

アシュリー療法の論争は、2007年秋に英国へ飛び火する。「15歳の重症児、ケイティ・ソープの母親アリソンが、娘の子宮と盲腸の摘出を希望したこと」が報じられた。その議論の内容や経過を調べた児玉さんが最も衝撃を受けたのは、「「重症障害児の身体に、健康上の理由もなく、過激な医療処置で手を加える」という考えに、もはや人々がさほどの衝撃を受けないこと」(pp.138-139)だった。

最相葉月が、初めてクローン羊・ドリーを知ったときの違和感がしだいに薄れていくことに不安を感じたと書いていたことに、これは通じる気がする。いったん使われた技術や療法は、最初こそ衝撃を与えても、しだいに慣れて、抵抗感を薄れさせていくのだ。「慣れたことによって、その考えが正当なものに近づいたわけでは決してないはずなのだけれど」(p.139)と児玉さんは書いている。

そうした慣れの中で、児玉さんにはずっと「どうせ」という声が聞こえていた。論争の中で多くの人が様々な言葉で語っていたことは、つまるところ「どうせ」だったのではないか、「どうせ障害児だから」ということだったのではないかと。そして、この「どうせ」が恐ろしいほどに早く感染し、社会に共有されていってしまうことを、児玉さんは強く憂える。

▼人が誰かを「どうせ障害児だから」「どうせ黒人だから」「貧乏人のくせに」「女のくせに」と見下し、その卑しい欲求を言動として無反省に解き放ってしまう時、その人は人としての自分の品性をかなぐり捨て、ゲスになっているのだ、と思う。…(略)…もっと恐ろしい"すべり坂"は、そんなふうに社会の多くの人が…「どうせ」を共有していくことによって、社会の価値意識そのものが変容していくことであり、それによって人類全体のヒューマニティが損なわれていくことだ。人々の心が、人の身体や尊厳、ひいては"いのち"に対する畏怖の念や敬意の感覚を鈍らせて、人としての心の態度を低下させていく。(pp.158-159)

この本で書かれていたのは、個別のアシュリーちゃんのケースもさることながら、その背後で大きな潮流となりつつある技術バンザイ路線と、こういう人には生きてる値打ちがないと言ってしまうことのハードルがどんどん下がっていることへの、大きな危惧なのだろう。iPS細胞でわーーっとなってる状況をみていると、いずれこの先、「助かる(助けられる)難病」と「どうにもならん難病」みたいになっていくのではないか、結局のところはまた"いのち"が選ばれ、分けられていくのではないかと思えてならない。

児玉さんは「どうせ」の感染を憂う一方で、このアシュリー療法への批判の中にも、引っかかりを覚えている。

米国の障害者団体は、障害者の地域生活にも介護サービスが給付されるよう法改正を求める運動を展開し、アシュリー療法に対しては「身体を変えるな。社会を変えよ」という批判メッセージを出していた。それは「施設入所ではなく地域での在宅生活にも支援を。アシュリーの親にも十分な支援を」ということになるのだろうが、その"アシュリーの親にも"とはどういうことか?

「アシュリーが子どもだから親に」なのか。「アシュリーが重症児だから親に」なのか。アシュリーが30歳になっても40歳になっても「親に支援を」なのか。「障害のある子どもの親にとって、一体子どもがいくつになるまでが「子育て」で、いくつになったら「介護」なのか─」(p.251)と児玉さんが書いている親と子の間、介護する者とされる者との間にある"裂け目"を、私自身のぞき込んだ気がした。

病気の進行でだんだん身体の自由がきかなくなっていき、生活のあれこれに手助けが必要になっていった母は、死んだ年の正月に出した年賀状で「子どもはあてにできません」と書いていた。そう書いて、ほうぼうに年賀状を送った母は、子どもをあてにしたかったのか。母の期待をうっすら感じながら、当時は離れて遠方に住んでいたことを理由に、私ははぐらかしていた。「子どもをあてにしようとする母」に自分は応えるべきなのか、そして応えたいのか、私が応えることでいいのか、というようなことを考えてもいた。親孝行な娘のように見られることにもずっと違和感があった。

施設入所した重い障害のある娘をもち、ウィークデイは別々に、週末や長い休みには娘が帰宅するという暮らしを続けている児玉さんが、アシュリー事件の様々な問題を考えようとするたびに「どちらの言い分からも責められ、どちらの立場にも私自身の言い分があり、そこで引き裂かれてしまう」(p.252)と書いていることは、状況は違うものの、分かる気がした。

そして、アシュリーの親のようにきっぱりと簡単には「こうだ」と言えないなかで、もやもやとしながらも考え続けることが、自分のできることかなと思う。

※気づいた誤字など
p.3 パタ-ン(長音記号がダッシュになってる)
p.154(と目次) エイミ-・タンらの論文(お、『ジョイ・ラック・クラブ』の人と同姓同名か?と思ったが、本文と注には「ナオミ・タン(N.Tan)」とあるので、エイミーは間違いではないか)
p.224 心臓を提起出(→おそらく「摘出」の入力ミス)
p.257 もしもジャーナリズムが権力の番犬としての機能を放棄し…(権力をwatchするジャーナリズムという意味なのだろうが、「権力の番犬」では意味が逆ではないか)

(10/11了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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