読んだり、書いたり、編んだり 

定義集(大江健三郎)

定義集定義集
(2012/07/06)
大江健三郎

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熱で寝込んでいたあいだの読書。もとは、朝日新聞に月一回の連載(2006年4月~2012年3月)で書かれたものに加筆して本になっているという。

おそらくは、最初の文章が書かれ、それが新聞に載るまでに少しのタイムラグがあるのだろうし、このたび本になったところで残念なことにそれぞれの文章の初出掲載の日付がはっきりと示されていないこともあり、読んでいて、これは、いつ頃の何の話をしてるんやろうなーとわからんところが、けっこうあった(巻頭の一文には「今年」のうしろにカッコで2006年と書いてあるけれど、以後はそういった注がない)。

もちろん、そんな日付がなくても読める文章もあるのだが、「九月に」とか「年頭」とか「三月初め」などの書き出しには、(いつ?)と思いながら、文中にそれが分かる何かはないかとやや注意深く読んだりもした。

大江健三郎は、『沖縄ノート』の記述に関して2005年に名誉毀損訴訟を起こされ、版元の岩波書店とともに被告となった。この本には、その裁判にかかわることも、何度か書かれている。
新聞連載時のタイトルも「定義集」だったらしく、定義ということについても、何度か書かれている。自分にとって、この言葉はどういう意味か?と、ときに気になって辞書にもあたり、自分の日頃の言葉づかいで、それはどう使っているかと考える大江。

巻末の文章は「自力で定義することを企てる」。その中にこうある。
▼定義について。私は若い頃の小説に、障害を持ちながら成長してゆく長男のために、世界のありとあらゆるものを定義してやる、と「夢のまた夢」を書いています。それは果たせなかったけれど、いまでも何かにつけて、かれが理解し、かつ笑ってくれそうな物ごとの定義をいろいろ考えている自分に気がつきます。(pp.298-299)

大江は、自分の大切な言葉として、敬愛する人の言葉、読んだ言葉、本の言葉などを書きつけ、心にとどめる習慣があるという。それもあって、この本にはさまざまな人の言葉や小説の言葉が引かれている。

カラマーゾフの《しっかり憶えていましょう!》というアリョーシャの演説が引かれているところでは、その子ども時代の思い出の大切さを語った内容に、宮本常一が教員時代に子どもたちに語ったという言葉を思い出した。

あれは、だったかと、本棚から出してみる。
▼「小さいときに美しい思い出をたくさんつくっておくことだ。それが生きる力になる。学校を出てどこかへ勤めるようになると、もうこんなに歩いたりあそんだりできなくなる。いそがしく働いて一いき入れるとき、ふっと、青い空や夕日のあたった山が心にうかんでくると、それが元気を出させるもとになる」(、pp.75-76)

もと広島原爆病院長、重藤文夫さんに大江が連続インタビューしてつくったという本『対話・原爆後の人間』を読んでみたいと思った。

父と同年うまれのこの人の言動を、私はやはり父と同世代の人の一つの例としても読んでいるなと思った。もちろん「同世代」と簡単にくくれないこともたくさんあるけれど、いくつの時にあの事件に遭遇しているのだ、というようなことは、それぞれの生き方のどこかにつながっているような気もするのだ。

(10/4了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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