読んだり、書いたり、編んだり 

からのゆりかご―大英帝国の迷い子たち(マーガレット・ハンフリーズ)

からのゆりかご―大英帝国の迷い子たちからのゆりかご
―大英帝国の迷い子たち

(2012/02/10)
マーガレット・ハンフリーズ

商品詳細を見る

だいぶ前に予約して、順番待ちをしてた本。どこかの図書館からの相貸になるんやろと思って旧版をリクエストしたら、この新しい版が購入されるので、それを待つのでいいかと訊かれて、ハイハイと待っていた。後ろにもまだ予約待ちの人がいて、これも早めに読む。

さて読もうかとぱらっと開くと、けっこう小さい字の2段組で(読めるかなー)と思った。が、結局一晩で読んでしまった。読みながら、なにかに似てる、なにかに似てる…なんやったっけと思っていた。読み終わってから、『サラの鍵』に似てるんやと気づく。

この本で明らかにされていく英国からの児童移民は、英国にとっても、子どもたちの大規模な受け入れ国の一つであったオーストラリアにとっても、「恥ずべき秘密」であって、歴史的事実としては闇の中にあった。その一端を偶然に知ったソーシャルワーカーの著者が、一人また一人と児童移民として根こぎにされた子どもと出会い、そのルーツ探しに尽くしてきた中で調べたこと、知りえた事実を記録したのがこの本。

「子どもだけの移民」は、すでにできあがった大人を送りだし、受け入れるよりは容易だと考えられた。英国から送り出された子どもたちは、政府とさまざまな慈善団体によって、オーストラリアのほか、カナダ、ニュージーランド、ローデシアなどへ送られている。
著者のマーガレットは、自分と同年生まれの児童移民・デズモンドを知ったときに、この偶然は非常に意味深いことだと考える。

▼私たちは同じ年に生を受け、同じ歌を聞き、同じ踊りを楽しみ、同じ映画を見た。それなのに私たちの人生はまったく違うものになってしまった。この事実から、もしかしたら私や私の級友の誰かがあの船に乗ってオーストラリアに行っていたかもしれないということを私は悟った。ちょっとした環境の変化で、私たちの誰にでも起こりうることであったのだ。
 児童移民たちは必ずしも貧しい、家庭環境に恵まれない労働者階級の子供ではなかった。彼らは社会のあらゆる部分、人生の多様な道筋から出て来ている。彼らがすべて貧困で家族から見捨てられた子供たちであると考えるのは間違いである。このような神話は、「孤児」というラベルが額面通り受け取れないのと同様に、あばかれる必要がある。(p.251)

児童移民として送られた子どもは「孤児」と呼ばれ、救援されるべき存在に仕立てられ、生まれた国や親から切り離された。実際、多くの子どもは「おまえは孤児だ」と言い聞かされ、親は死んだと思い込まされていた。親の側も、子どもは養子として受け入れられたと言われ、子どもを取り戻すことは、子どもの幸せを破ることだとさえ言われた。

だが、そうして送られた子どもたちは、養子として家庭に迎えられることはほとんどなく、施設に収容されている。そこで、暴力や性的虐待にあった子どもも少なくなかった。なぜ自分はここにいるのか、なぜ自分は慣れ親しんだ環境から切り離されて、送られなければならなかったのか、そして、なぜこんな目にあうのか。そもそも自分は誰なのか。

移民記録のずさんさのために、ルーツ探しは困難をきわめた。記録が不完全だからとオーストラリアで新しい名前と生年月日を与えられた子どももいた。児童移民の家族を見つけようと苦闘するうち、マーガレットは「子供の足跡をおおい隠し、親や親戚の目を届きにくくするために故意に書き換えられた情報もあるのではないか」(p.352)と考え始める。

訳者があとがきに書いている。「国家が、あるいは社会がなんらかの理由で犠牲にしてしまった一個人の人権を回復するとは、どのようなことなのか、マーガレット・ハンフリーズ氏と児童移民トラストの活動は、私たちにさまざまなヒントを提供してくれると思う。」(pp.369-370)

この本には、自分が何者かを探しもとめ、親に会いたいと願ってきた子どもの心のさけびと、マーガレットたちの尽力で、一つまた一つと自分につながるものを手にしたときの思いが、手紙やインタビューで収められている。それらを読むと、こんなことがあったのかという思いと、似たようなことはいくらもあるという思いで、胸がしめつけられる。

とりわけ、児童移民のひとり、ジェフリー・グレイが、なぜ今まで声をあげなかったのかと何回も何回も人に尋ねられたというのが、つらい。ジェフリーはこう続ける。「その理由を言いましょう。ぼくたちには働きかける相手がいなかったのですよ。誰もぼくたちに居てほしいと思っていなかったのだから。ぼくたちが働きかけることができたのは、マーガレット・ハンフリーズだけでした。」(p.365)

国家や社会が、組織的に「なかったこと」にしようとする力に対して、個人ができることは小さい。マーガレットたちが取り組んだ仕事は、個人や小さな民間団体で対応できるようなものではなかった。けれど、その小さな力がなしえた仕事を知ると、あきらめずにやれることがあるとも思える。


映画「オレンジと太陽」の原作本だった、というのを思い出した(私は映画は見ていない)。

(9/18了)
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/4461-d953bf49
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ