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『人間をみつめて』『うつわの歌』『遍歴』(神谷美恵子)

『We』179号の「往復書簡」で、向井承子さんが神谷美恵子の詩の一節を引用され、それを校正のときにチェックしたのがきっかけで、「なぜ私たちでなくてあなたが?/あなたは代ってくださったのだ」のあの詩に、どうも表記の違うバージョンがあることが判明。

向井さんは当初の原稿に、「許してください、らい者よ」と書かれていたが、その箇所は図書館で『人間をみつめて』をあたっていただくと(向井さんは1980年の著作集2巻を参照されたとのこと)、「ゆるして下さい らいの人よ」(「らい」には傍点)となっていた。向井さんは、自分のメモや記憶との違いが解せないとおっしゃっていたが、入稿した原稿は、『人間をみつめて』にあわせて、「なぜ私たちでなくてあなたが?/あなたは代って下さったのだ/…ゆるして下さい らいの人よ」(「らい」には傍点)とした。

人間をみつめて (神谷美恵子コレクション)『人間をみつめて』
向井さんが引用元だとした『人間をみつめて』の最新の版は、みすず書房から2004年に出ている神谷美恵子コレクションだが、この『人間をみつめて』には、初版(1971年、朝日新聞社)、改訂版(1974年、朝日選書)、そして神谷美恵子著作集の2巻として編まれた版(1980年、みすず書房)と、2004年の版の前に少なくとも3つのバージョンがある。

これらの本の大部分は同じだが、それぞれ削られた文章があったり、加えられた文章があったり、少しずつ内容が違う。

「らいの人」と「らい者」が気になって、どこかの時点でこの詩の表記の変更があったのかと思い、それぞれ図書館で書庫から出してもらったり、ヨソの図書館から相互貸借で借りてきてみたのだが、これら版違いの『人間をみつめて』の中で「らいと私」(「らい」には傍点)の章に引用されている上記の詩のタイトルは初版からすべて「らいの人に」(「らい」には傍点)となっていた。

向井さんが自分のメモに取られていたという「らい者よ」が出てこないのが不審で、他にこの詩が収録されている本がないか調べた結果、神谷美恵子の死後に、「みすず書房の吉田欣子氏が熱意をもって収集し、編集された」という『うつわの歌』(1989年、みすず書房)と、『神谷美恵子の世界』(2004年、みすず書房)、神谷美恵子著作集の9巻『遍歴』(1980年、みすず書房)がみつかった。
『うつわの歌』(1989年、みすず書房)
おそらく、『うつわの歌』に収録されているものが、神谷美恵子が20代に書いたという、この詩の原型のようだ。詩のタイトルは「癩者に」、タイトルの下には「一九四三・夏」とあり、その次に収録されている「長島に寄せてにも同じように「一九四三・夏」とあり、これらの詩のパート「神谷美恵子詩篇」の扉には「雑誌「清流」所載」と書かれていた。

神谷美恵子の世界『うつわの歌』の収録されている「癩者に」は、『人間をみつめて』に収録されている「らいの人に」(「らい」には傍点)と、内容はほぼ同じだが、表記がかなり違い、漢字が多く、句読点が打たれたものになっている。例えば、向井さんが『We』で引用された箇所は、『うつわの歌』収録バージョンでは「何故私たちでなくてあなたが?/あなたは代って下さったのだ。/…許して下さい、癩者よ。」となる。

なお、『神谷美恵子の世界』に収録されているものは、この『うつわの歌』と、表記もルビの位置も全く同じだった。

遍歴 (神谷美恵子コレクション)『遍歴』(1980年、みすず書房)
これは、神谷美恵子が死の前に、「自伝」にかわるものとして、「一生のいろいろな時期に書いたものを一つにまとめ上げたもの」だという。原稿をみすず書房に送った一週間後に、神谷美恵子は急逝し、遺族によって最小限の校正をおこなったうえで、出版された。

この本では、四章「現実の荒波の中で」にある「愛生園見学の記」の中で、「癩者に」が掲載されている。おおむねは『うつわの歌』収録の詩と同じなのだが、よくよく比べると細かな異同(漢字とかなの違い、文語的表現と口語的表現の違い、読点があるのとスペースが置かれているのとの違い、行末に読点や句読点があるかないかの違い、ルビの位置の違い)がある。

向井さんが『We』で引用された箇所は、『遍歴』収録バージョンでは、「なぜ私たちでなくてあなたが?あなたは代って下さったのだ。/…ゆるして下さい、癩の人よ」となる。

なお、『遍歴』には、神谷美恵子コレクションの一冊として編まれた新版があり、旧版に加えて新資料がおさめられているという違いがあるが、この「癩者に」の詩については、まったく同じだった。

●「癩者」→「らいの人」→「癩の人」は、神谷自身が手を入れたものか
この詩のおおもとは、神谷美恵子が愛生園を初めて訪ねた20代終わりの夏に書かれたもので、おそらくその原型のままか、原型に近いかたちで本に載っているのが、『うつわの歌』(=『神谷美恵子の世界』)なのだと思われる。この本は、編集者が神谷の死後に編んだものであり、だからこそ、原典をあたったのではないか(「清流」という初出情報も添えられている)。

『人間をみつめて』は、50代後半の神谷が書いたもの、また『遍歴』は出版こそ神谷の死後だが、死の前に神谷自身が書いたものであり、「癩者」→「らいの人」→「癩の人」という表記の変更や、その他の箇所に手を入れてきたのは神谷自身だったのだろうと思う。

この詩のほぼ原型と思われる詩が載った「清流」が何なのか、いろいろ調べてみたが、国会図書館のマイクロ資料に出てくるこれが、年代からしても掲載誌だろうかという気がする。

「清流」(国会図書館NDL)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007126452-00
「児童と家庭」(国会図書館NDL)…「清流」に改題されたという前誌はこれか
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007119764-00

神谷の詩がどれに載ったものかは不明だが、プランゲ文庫とあるので、もしやと思い大阪の児童文学館の蔵書検索をしてみたところ、「児童と家庭」については、1935年の1巻1号と、1936年の2巻6号の所蔵があり、しかも閲覧可能となっていたので、そのうち取り寄せて見てみたい。
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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