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ろうあのよっちゃん苦闘物語 口話と手真似の狭間で(鈴木義夫)

ろうあのよっちゃん苦闘物語 口話と手真似の狭間でろうあのよっちゃん苦闘物語
口話と手真似の狭間で

(2012/05/01)
鈴木義夫

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出たころに、すぐ図書館へリクエストしていたのが入る。タイトルからは、なんとなく『わが指のオーケストラ』時代の話かなと思っていた。あのマンガは、口話法全盛の時代に、「大阪城はまだ落ちぬか」と言われながらも、ろうの子どもらのために手話による教育をまもりつづけた大阪市立聾学校の高橋潔を描いたものだったが、このよっちゃんの本は、そんな時代に、ろう学校で"手真似"を厳しく否定されながら育ったろう者自身が書いたもの。

鳩山一郎が口話法推進の訓辞をたれたのは、昭和一桁のころ。それまで手話(当時は手真似といわれた)を使って教育がおこなわれていた各地のろう学校も、なだれをうつように口話主義に変わっていき、ろうの教師が止めさせられたという。
よっちゃんの書き綴る経験からは、「手真似」は奇異なものとみられ、それを使うことにはひどく偏見があり、ろうあ者はバカなのだと思われていた時代のもようがよくわかる。ろうあ者はバカではないのだ、と示すために、聾学校では、学童疎開先の村でひらかれた学芸会では、口話のうまい生徒に紙芝居のナレーションをさせ、口話による劇や踊りを披露した(よっちゃんは口話がうまかったようだ)。

それで「ろうあ者はバカ者ではないということを悟らせ、偏見を無くすことができたのは大きな成果」(p.48)で、口話一辺倒の当時にあって、「ろうあ者だって、発音練習すれば皆と同じように話せますよと宣伝したようなもの」(p.48)というのは、今読むと、マジョリティへの同化一辺倒というしかないが、村の子供たちに「アホ、バカ、バカ」と軽蔑の態度をとられていたよっちゃんたち、ろうの子どもが、その「アホ、バカ」をあらためさせるには、そういう手段しかなかった。どれほど悔しかっただろうと思う。

そんな悔しさ、ろう者に口話で教育することをつゆも疑わない教師への怒りが、本の後半ではさらに書かれている。手真似に理解のある教師もわずかながらいたものの、大方の教師は口話主義なのだった。

ある日、3、4人が手真似で楽しく談笑していたところへ、口話一点張りで理解のない先生が怒鳴り込んできた。
▼「手真似はみっともない。動物と同じだ。手真似をやめなさい」
 「先生、動物も手真似をしますか?」
 (略)
 「猿も手を動かしているんだから、手真似をするのと同じだ」
 「じゃ猿も手真似をするから、みっともないと言うんですか」
 「猿は声が出るが、言葉というものがない」
 「当たり前だ。僕、聞こえないんだから。手真似をするのがそんなにみっともないと言うのか」
 「そうだ。本当にみっともない。人間は声が出ないと人間ではいない。発声の練習をすれば話せるようになるよ」(pp.114-115)

そして、教師は、努力すれば話せるようになると繰り返すのだった。学校を卒業する前から、何度も注意を受けたのは「社会に出たら手真似をするのはみっともない」「筆談もいけない」「あなたは話せるんだから大声で話せばいい」等々。

▼だが、実際に社会に出てみると、先生の注意はまったく当てにならないことが分かった。
 大声で話したら、良夫の声を真似てあざ笑った。筆談しても笑われることがあったが、それは口話教育の弊害というか、完璧に書けるろうあ者は極めて少数だからである。良夫の文章はしっかりしていたから、筆談を交わしても当たり前のように受け止めてもらえた。
 そういうろうあ者の世界を知る先生は一人もいないし、生徒たちの声に真剣に耳を傾けようとせず、やみくもに口話教育一点張りで突っ走っている先生がほとんどであった。
 それが情けないろう学校の実態であった。(pp.116-117)

当時のろう学校では口話一辺倒で、ひたすら発声と読唇の練習に明け暮れ、教科書は2年くらい遅れているのが普通だったというのが、よっちゃんの経験からもわかる。「私は手真似をしました」と書かれた看板を首からぶら下げて学校中を回らされたり、やはり「私は手真似をしました」と書かれた紙を胸かに貼って廊下に立たされたり、両手を後ろにしばられて「口で話せ」と強制的に口を開かせたり、そんな罰も実際におこなわれていた。

よっちゃんが受けたのと同じような口話一辺倒のろう教育はその後も長く続き、私と同世代のろう者も相当厳しい口話教育を受けている。その経験を聞くと、やはり手を叩かれたりしばられたりもしているところが、ほんとうに根が深いと思う。

学校はそんなふうにろう者にとって必ずしも楽しい場所ではなかったが、寄宿舎では事実上、手真似が黙認され、ろう同士がよくしゃべり、そこで手真似や指文字をおぼえたろう者もかなり多かった。よっちゃんは、口話では気持ちが伝わらない、手真似ならお互いの気持ちが通じあえるし、話の内容もよくわかるのだと、時に教師に訴えたが、それはほとんど理解されなかった。

1936年うまれのよっちゃんの父は軍人で、満州からシベリア抑留を経験して帰還、母と妹のひとりは、満州からの引き揚げ途上でいのちを落としている。そういう時代のひとりのろう者の半世紀。

(7/18了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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