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子どもの声を社会へ―子どもオンブズの挑戦(桜井智恵子)

子どもの声を社会へ―子どもオンブズの挑戦子どもの声を社会へ
―子どもオンブズの挑戦

(2012/02/22)
桜井智恵子

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子どもが、いじめや子どもをとりまく困難と取り組めるよう助けるために考案された公的な制度「子どもの人権オンブズパーソン」。兵庫県の川西市でオンブズパーソンを務める著者が、その制度について、オンブスパーソンがどのように関係に働きかけ、社会に働きかけていくかを伝える。そして、「問題」のつくられ方にはその社会のありようが反映しており、どう考えていけば問題解決に向かえるだろうかということも書いている。

オンブズとは、「公正中立の立場に立って行政を監視する機能を持つ市民の代理人の意味で使われ、調査に基づいた勧告などを行う権限がある。」(p.12)

川西市のオンブズパーソンのページには、条例第1条(目的)を子どもたちにもわかりやすくと書きなおしたこんな文章がある。

子どもは、みんな人間として大切にされなければなりません。
子どもを大切にする社会は、みんなが幸せになれる社会です。
一人ひとりの子どもが人間として大切にされる社会をつくることは、おとなの責任です。
だから川西市は子どもの権利条約を大切に実行していきます。
子どもを守る「子どもの人権オンブズパーソン」をつくります。
そして一人ひとりの子どもの人権を大切にして、たとえば、いじめ、体罰、暴力、虐待などで、子どもが苦しむことのないようにします。
川西市の条例は、子どもの権利条約の批准をうけてつくられた。条例に定められているオンブズパーソンの職務は、「個別救済」(子ども一人ひとりを助ける)と、「制度改善」(個別救済によって見えてきた市全体の課題について、市の機関へ提言できる)。教育委員会からも独立して権限を付与されている。

川西オンブズは、対話を重ねていくことに徹し、関係に働きかけていこうとする。その具体的なところは、2章と3章で紹介されている。

子どもの声をまず無条件で聞く。相談を受けたら、まず話を聞く。そして、子どもの気持ちに添って、当事者(子ども)と対象(たとえば学校の教職員や親)との「関係」に働きかけようとする。子どもに対して加害者になってしまった大人には、責任追及にいくのではなく、理解を求めにいく、子どもはこんな風に感じているのだと伝えにいく。誰か悪者をつくって責めるのではなく、「子どもの気持ちを理解できないくらい余裕のない状況になぜ大人が置かれているのかを考えると、その社会的な構造が浮き彫りになってくることが多い」(p.64)。

▼私たちはこのように考えている。
 ひどくなっている事態が深刻にならなければ、それでいい。
 関係が悪くなっている相手の許容度が少し「マシ」になれば、それでいい。
 関係の尖った感じが少しゆるめば、それでいい。
 消極的に思われるだろうか。しかし、少し「マシ」になるとか、少しゆるむと、すべての関係に影響が出てくるということを難度でも強調しておきたい。そこで、関係は徐々に、そしてダイナミックに、つくりなおされていく。(p.68)

"対話を重ねていくことで「関係」に働きかける"を基本として活動してきた川西オンブズだが、近年は対話で解決していくことが難しい例もあるという。「意見を述べることで事態を良くしていくというイメージを、子どもも親も持てていない」「自分が工夫して事態が少しでも変わったという経験を持ったことがない」(p.103)というのがその要因であり、そこには時代状況の影響も感じられると。

相談を聞き、次への動きを勧めても、それをためらう親や子どもが目立つようになったと相談員も感じているという。意見を述べることで、地域が学校から「浮く」ことを怖れ、改善よりも現状をやり過ごすことを選ぶ傾向がみられるというのだ。

「社会とは没交渉でいく」というあきらめの態度をうみだしているのは何か?

▼一般論の集合体である世間の視点が、問題は子どもだ、家庭だ、学校だと決めつけた結果、関係する者たちはついに社会とは没交渉でいくといった生き方を選んでいるのである。徐々に他者とは没交渉を選ぶようになった人々は、同時に、対話ややりとりを重ねて、自分たちが安心して暮らせるように社会をつくり変えていく術をも手放しつつある。(pp.105-106)

ここに希望を伝えていくことができるか?
ここまで子どもや大人をぎゅうぎゅうと苦しくさせているのは、何だろう?

終章の「能力を分かちもつ」、とくに後半の「能力の共有という可能性」は、おもしろかった。著者は、能力はひとりのものではない、分かちもたれるものだと言い、しかし、日本を含む先進国では、能力=個人が生きていくためのツールとして理解され、「教育」も「学力」もその線上にあって、落とし穴になっていると示す。小見出しには「高校全入の光と影」「「機会の平等」が招いた競争」「「人権としての教育」の誤算」「「自立支援」という自己責任幻想」などが出てくる。

能力は個人のものか?
▼能力が個に分断されることで、人々には能力がもつ共同性が見えにくくなった。しかし、あなたの「力」は、知恵が分かちもたれてあなたに現れたものであり、それゆえその力は関係的であり共同のものなのだと言えるだろう。そもそも能力とは個に還元できないものなのだ。(pp.192-193)

エンパワメントとは「ゆるめること」だという著者の話がここに響く。緊張している子どもの緊張がゆるむとき、そして関係性に守られるとき、子どもには力が戻ってくると。学力に"問題"のある子どもを取りだして、放課後や休み時間にせっせと学力保障の指導をしてきたある先生が、休み時間には皆で遊ぶことに方向転換してみたら、「子ども同士の関係が育ち、その子に力がついてきました」(p.188)という話も印象深い。

「ひとりが充分には「できない人」であっても、力を分かち持つという思想が制度設計に活かされたら」(p.199)という発想、社会的な問題を決して「心構え」の問題にしてはいけないというところ、「子どものケア」ではなく大人にとって「子どもがケア」だと気づいた話が、よかった。

もうひとつ、読んでいて思ったのは、児童相談所でこんなこまめな働きかけができへんのかなということ。児相も、子どもの相談に乗り、支援しようとする組織なのだと思うが、川西市の規模やオンブズの制度設計、予算などと、児相のそれとでは、どのへんが違うんやろうと思った。この本ではスクールソーシャルワーカーとの違いについては述べられていたが、川西では、児相との役割分担?どんな風になってるんやろうなと思った。

川西市子どもの人権オンブズパーソン(条例全文もこのページに)

(6/24了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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