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ケストナー―ナチスに抵抗し続けた作家 (クラウス・コルドン)

ケストナー―ナチスに抵抗し続けた作家ケストナー
―ナチスに抵抗し続けた作家

(1999/12)
クラウス・コルドン

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ナチスの時代の焚書でケストナーの本も焼かれたという話から、こんな本を見つけて借りてきた。人物伝記のシリーズの一冊で、原著のことは十分わからないが、訳の言葉づかいや脚注の付け方からしても、子どもが読むことを想定して編集されている。

ケストナーといえば、『ふたりのロッテ』『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』『点子ちゃんとアントン』、、、。『ふたりのロッテ』に書かれている親の離婚についてのコメント―両親が別れたために不幸な子どもはたくさんいるが、両親が別れないために不幸な子どもも同じくらいたくさんいるのだ、という言葉は、物語以上に私には印象深く残っている。

その児童文学の著者としての顔は、ケストナーの顔のひとつだった。ケストナーは、演劇評論家であり、詩人であり、脚本家だった。児童文学も書いたが、小説を書き、エッセイを書いた。時評家でもあり、売れっ子編集者だったこともある。

ナチス政権下で、ケストナーは書くことを禁じられ、二度までもゲシュタポに逮捕されながら、生きのびた。多くの友人たちが亡命するなかで、ケストナーは「時代の目撃者であるために」ドイツにとどまり続けた。ペンネームを使って、映画の脚本を書き、発表できない作品を書いた。

しかし、ナチスに奪われた人生の12年、34歳からの46歳まで失われた創作の時間は大きい。そして、ケストナーの当時の言動を知るにつけ、自分だったら…と思う。
生い立ち、母や父との関係、若い頃のこと、ナチスの時代、そして戦後、晩年とケストナーの生涯を描いたこの本は、スゴイ人の"偉人伝"ではなくて、努力家ではあったが人としての弱さや欠点もそれなりにあり、時に有頂天になり時には沈み込む、晩年には若き愛人とのあいだに子をもうけ、酒にもおぼれた、そんなケストナーの生きたあとを伝える。

とりわけ両親が不仲であり、ママっ子であったというケストナーは、母との関係では「いい子」としての緊張をもっていたのだろうなと思いながら読んだ。

著者は、ケストナーの作品や、周囲の人たちのケストナー評なども引きつつ、「ケストナーは、わからないことがあれば、わからないと正直にいう」人であったとか、「いろいろな物事をごまかすことなく、はっきりと伝える」ことをモットーにしていたとか、生涯をかけて「未来のために過去をみつめよ」と警告したのだと書く。

戦後、1965年にあらたな焚書騒ぎがあったとき(カミュやサガン、ナボコフ、ギュンター・グラスの本と共にケストナーの本も焼かれたという)、本を炎に投じた若者たちに、市の公安局が許可を与えていたこと、わけても焚書を知りながらそれを止めず、市の中心部で予定していた焚書は危険だからとライン河畔へ移動させたこと、つまり文化の破壊ではなく火の粉の心配をしたことに、ケストナーは怒った。

▼人々は、あのナチスの焚書事件をもはや忘れてしまったのだろうか? ケストナーは、怒りが去ったあと、身のすくむようなおそろしさをおぼえた。(p.368)

1960年代から、新旧のナチス信奉者が集まった極右政党がつくられ、その政党が選挙のたびに得票率を伸ばしていくことにケストナーは衝撃を受ける。1966年に、この極右政党に10%近くの支持票が集まったことをうけ、ケストナーはこう警告したという。

▼《今やもう、それは統計的に証明されているのです。問題のひとつは、国民の不満です。問題の二は、不満感というのは、いつの時代でも扇動によって加熱してしまい、操られやすいことです。ナチスの第三帝国のように。だからといって、民主主義を守ろうとして、これらのマイナスを排除することはまちがいです。それはもはや民主主義ではありません。それに、たとえば、もし民主主義の廃止を求めたら、それこそ賛成多数で可決されないからです。考えすぎですか?》(pp.368-369)

ナチスの台頭の時代、そしてこの1960年代以降にネオナチが支持されてゆく世情、そういうのを読んでいると、大阪で維新がぶいぶい言わせてることや、さかのぼれば小泉政権や中曽根政権がやってきたことが重なるようで、ぞわぞわとする。

「自分だったら…」というのは、ケストナーの伝記を読んだ感傷ではなくて、目の前のことだとも思う。何をどうやっていけば、この動きを少数派にできるのかと思う。

著者によると、ナチスが台頭してきた時代に、ケストナーは読者にこう呼びかけたという。
「世の中を変えるには、まずできることからはじめよう」、「人として、守るべきことを守り、拒むべきことは拒め」と。
▼その小さな一歩が、やがて社会をよいほうへと導いていく原動力になると、ケストナーは信じていた。(p.131)

児童文学を書いた人としてしかケストナーが記憶されていないのは、ドイツでもそうなのかと思い、岩浪少年文庫に入っている本くらいしか読んでいなかったが、『独裁者の学校』『ファービアン』を読んでみたいと思った。

20年ほど前、ドイツ語を少しは勉強し、辞書を引きながら文章を読んだこともあった数年間に、ケストナーの原著をいちどは読んでみたかったなと今さら思う。

(6/24了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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