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優生保護法が犯した罪―子どもをもつことを奪われた人々の証言(優生手術に対する謝罪を求める会)

優生保護法が犯した罪―子どもをもつことを奪われた人々の証言優生保護法が犯した罪
―子どもをもつことを奪われた人々の証言

(2003/09)
優生手術に対する謝罪を求める会

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米津知子さんが「あとがき」を書いていて、それで借りてきて読んだ本。4月に見た映画「もういいかい~ハンセン病と三つの法律」の内容とも重なる。

この本は「子どもをもつことを奪われた人々の証言」と、そうしたいのちの抹殺の背景にある優生思想、優生保護法のこと、さらには、諸外国の例に目をむけ、過去におこなわれた優生政策に対する謝罪と反省のもようが記されている。

「第一部 声にできなかった想い」には、「もういいかい」でも語られていた強制断種術や妊娠中絶の話、女性障害者の子宮摘出の話が、ご本人や、施設職員など近くで見聞きした人の声としておさめられている。

「私の身体を返してほしい」という想い、「補償はいらない、ただ謝ってほしい」という想い、「私も赤ちゃんを産みたい!」という断ち切れぬ想い、「決して許せない」想い。
施設で暮らす女性障害者の場合、性関係の発覚による子宮摘出、生理時の介助が面倒だから手術、といったことが、かつての施設職員から語られている。

▼…性関係が見つかるとすぐに、この話[子宮摘出]が職員間で持ち上がったように思います。職員は、少年院からの人、中学教員からの人、社会福祉専門の人などでしたが、誰一人として、この件について疑問を投げかける者はおらず、むしろ当然の事と、事後承諾していました。私自身も全く同様で…(p.36)

▼…生理時の介助が面倒だから、というのが[子宮や卵巣の摘出]手術の理由であることは間違いないと思います。つまり、子どもを生ませないようにとか何とかじゃなくて、ただ単に、生理の不始末、生理介助が困難というだけで、手術を受けさせられたんだと思います。ご本人の年齢からして、手術を受けたのは1970年代か、80年代のことだと思います。(p.38)

施設へ入るなら生理をなくすようにという話は、『おんもに出たい』でも母の苦悩として記されていた。

優生政策が、もっとも大規模におこなわれたのはナチス時代のドイツだといわれる。「劣等な人間」と烙印を押された人たちが強制的に不妊手術(断種)をされ、さらに不妊手術を受けさせられた人々の多くが、第二次大戦が始まると「安楽死」の名で殺されていった、という。大規模な「いのち」の抹殺は、本人と、できたかもしれない次代の子どもに及ぶ。

『世界』4月号の「いま医の倫理を問う意味」(小俣和一郎)では、ドイツの精神医学精神療法神経学会(DGPPN)が、ナチズム期に行われた精神障害者への強制断種や安楽死という歴史的事実を認めたうえで、犠牲者およびその遺族に謝罪の言葉を表明したことが紹介されていた(こうした謝罪は専門学会として初めてのことだという)。この本で紹介されている謝罪例の、さらにあとのことだ。

日本の優生保護法(1948年)は、その前身といえる国民優生法(1940年)の延長線上にあり、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止すること」を目的としていた。それとともに「母性の生命健康を保護すること」も目的に掲げられていたが、「優生」という法律名からも、「不良な子孫の出生を防止」というほうが大きな目的だったといえるだろう。しかも、人権擁護が掲げられた戦後になってから、強制断種などの優生政策が本格的に実施されたことは重い。強制隔離の規定を残したらい予防法改定も、戦後の1953年のことだった。

「日本の優生法の歴史」(松原洋子)では、こう書かれている。
▼国民優生法よりも優生保護法の下で断種政策が強化された背景には、敗戦後の社会の疲弊と混乱が人口資質の低下をもたらすという認識もたしかにあった。しかし、より直接的な契機としては、戦前の優生政策の本流を支配していた逆淘汰説が戦後も影響力を保つなかで、人口過剰問題に対応するため産児制限を容認したことにあるといえよう。(p.113)

逆淘汰説は、適者生存(ほっといたら強く優れたものが生き残り、弱く劣ったものは淘汰されるという説)がはたらかない状況を懸念する考え方。ほっといたら生き残れなかったものが、技術や医療がすすめば生き残り、その"悪い質"がはびこる、というような話である。ダーウィニズムにも根があるこの考え方が、戦前の優生政策の本流を支配していたとは。

この松原さんには他の本もあるようなので、それも読みたいが、なんべんも読んだ『金沢城のヒキガエル』も久しぶりにまた読みたい。

米津さんは「あとがき」で、「差別はそれを受けた人間に、社会的・身体的な損失だけではなく、拭いがたい屈辱感や不安感、無力感をもたらすことがある。その感覚を再び味わう予感が、経験を語り、謝罪・補償を求めることをためらさせてしまう場合もある。差別には、行われたときからすでに、被害者を沈黙させる力が内在しているのかも知れない。」(p.272)と書き、「差別のもう一つの難しさは、異なる立場の人々を分断し、結果として問題の解決を困難にしてしまう仕組みをもっていることだ」(pp.272-273)と書く。

「優生保護法の成立の経緯は、何度でも検証される必要がある。女性も障害者も、自分たちの主張が相手方の差別の強化に利用されないよう、用心深くなければならない。」(p.273)

相手方の差別の強化に利用されないようにと、強く強く思う。

(6/16了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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