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らくだこぶ書房21世紀古書目録(クラフト・エヴィング商會、坂本真典・写真)

らくだこぶ書房21世紀古書目録らくだこぶ書房21世紀古書目録
(2012/04/10)
クラフト・エヴィング商會、坂本真典・写真

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ヘンな本である。もとの単行本は、20世紀が暮れなんとする2000年12月に出ている。20世紀の終わりには、同居人が足がイタイと整形外科へ行ってみたら腫瘍がみつかって、安静にという正月を迎えようとしていた。21世紀は病人と共に明けたなアと思いだす。

そんな頃に出た単行本が、11年現役を張って、絶版となった。まもなく文庫にという話があったというが、さていったいどう文庫化できるのかと考え込み、一度は文庫化を断念したと「まえがき」に綴られているのは、この本がヘンなためである。

そもそもこの本は、20世紀の終わりに近いころ、クラフト・エヴィング商會の職場に、砂にまみれて「21世紀の古書目録」が届いた、という話から始まる。
ときは20世紀である。そこへ、21世紀の半ば頃という時空間から、どうしたわけか、「古書目録」がやってくるのである。古書、というのは、つまり21世紀になってから出た本、しかしその目録が編まれたときには「古書」となっていた本がリストされているのだ。

「未来のモノだが、古いモノ」という、まじめに考えると頭がぐちゃぐちゃするようなモノが、砂にまみれて届く。しかも、その目録の古書を取り寄せられるという話だから、ますますややこしい。

しかも、その話を20世紀の終わりに出た単行本というかたちで読むのではなく、21世紀も10年あまり経った今、別の版で読むのだから、いま自分がどこで何を読んでいるのか、頭がうろうろしてくる。

そうして「21世紀の未来から取り寄せた古本」の話が、あれやこれやと綴られる。ほんまかウソかわからんような本の話の合間にコラムがあって、たとえばこんなことが書いてある。

▼本というものは「読む」前にまず「書く」ものであるということ。21世紀において、このことが強調されているのは見落とせません。

 これはあくまでも推察ですが、今から半世紀の後には、もしかすると「手書き」という行為が衰退してしまうのかもしれません。すべてはコンピューターが書き、人はみな、手で「書く」という感覚を忘れていくのです。「書く」のは手ではなく頭であると、ごくあたりまえのように認識されてゆくのでしょう。

 ですから21世紀においては「写本」などというものは大変に稀少なものになるわけです。「書いた」ものが、そのまま「本」になるはど、おそらく、もう誰も考えません。ましてや「本」を手で書き写すなんて、想像を絶する労苦だと思うはずです。手で「書く」行為はただの徒労となり、異端視されて当然ということになるのです。…(p.132)

ほんとにふしぎなヘンな本である。

(6/10了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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