読んだり、書いたり、編んだり 

私たちは“99%”だ――ドキュメント ウォール街を占拠せよ(『オキュパイ!ガゼット』編集部)

私たちは“99%”だ――ドキュメント ウォール街を占拠せよ私たちは“99%”だ
―ドキュメント ウォール街を占拠せよ

(2012/04/04)
『オキュパイ!ガゼット』編集部

商品詳細を見る

昨年9月「ウォール街を占拠せよ!」を合言葉に、貧困・格差の是正を求める運動がニューヨークの公園で始まった。カネの世界、富を蓄えこんだ1%の象徴のようなウォール街で、集会やデモが行われた。公園のテントは2ヶ月後に強制排除されたが、占拠運動は共感とともに全米各地へ広がった。

この本は運動の始まりの記録だ。

印象的なのは、大勢の集まった公園での直接民主主義的な話し合いの模様。発言者の声を、参加者が「人間マイクロフォン」で復唱しながら伝えていく。賛成のときは手を挙げてひらひらさせ、異議は手を下ろして振って示す。99%の私たち自身が、この場をつくっているという感覚がこの本には満ちている。
さまざまな占拠の風景が記録されている。

たとえばマニッサ・マハラワルたちは、「ウォール街占拠声明」として全世界に送られようとしていた文書の最初のくだりを変えるか削除するよう、起草者にひと役買った男性に伝える。

その文書の最初のくだりはこうなっていた。
「肌の色やジェンダー、性的指向、宗教、あるいは無宗教、政党、文化的背景によって、かつては分断されていた民衆の一員として、私たちは現実を追認する。人種は一つ。それは、人間という種である…」(p.26)

このウォール街占拠(OWS;occupywallstreet)の声明となる文書の冒頭が「まるで人種差別も階級主義も、宗教的抑圧も父権社会も、ゲイやトランスジェンダーへの嫌悪も、いまではもう存在しないかのような表現で始まるのは、あまりにも認識が甘いし、こうした問題に日々さらされている人たちの足を引っ張ってしまう」ことだ、「この運動がいかなる人も排除しないと言うなら、このような現実を無視するのではなく、認めたうえで、創造的な対処方法を見つける必要があるのではないか」ということを自分たちは言いたいのだと、マニッサ・マハラワルたちは伝えた。

そして、話し合いの末に、文書は書き換えられた。
マニッサ・マハラワルはこう書く。
▼私はいま、何か大切なことが起こったと感じていた。この運動を、自分たちが望む運動にほんの少し近づけることができた、と。それは歴史上の、そして、現在の不平等や抑圧、人種差別、権力関係に配慮する運動であり、特権を補強するのではなく、それと対峙しながら進む運動だ。(p.27)

9/17に始まった占拠の2日後、19日にイーライ・シュミットはこう記す。
▼…非現実的な理想主義者や熱狂的な活動家にならなくても、希望を持つことはできると思う。迷いがあっても構わない。何かを実現したいと思っているだけで、具体的にどうすればいいのか、また、それが何なのかさえ分からなくても問題ない。僕たちは、まだ自分たちの要求を正確に列挙できないかもしれないが、少なくとも要求があることは分かっているし、何かを成しとげたいと思っている。(p.152)

「アトランタ」の章では、占拠の現場をめぐる歴史の分岐点が簡単にまとめられている。アトランタは、住民の過半数を黒人が占める都市。1968年に暗殺されたマーチン・ルーサー・キング牧師の遺体は、アトランタで木製の荷車に乗せられ、二頭のラバに引かれて市内通りをめぐってから、サウスビュー共同墓地に葬られた。

1865年、1906年、1960年、1996年、2011年と、この地でどんな占拠がおこなわれてきたか、歴史的にも今も、市中心部を牛耳る企業の力がいかに人種問題と深く関わっているかが書かれたなかで、アトランタにオリンピックがやってきた1996年の記録が目をひいた。

▼市当局は、記録的な速さで新しい刑務所を建設した。この刑務所は、五輪に合わせて建てられた最初の施設だった。さらに市当局はウッドラフパークを閉鎖し、改修に取りかかった。市にとって、五輪は公園内で寝泊まりするホームレスを追い出す絶好のチャンスだった。改修が終わった公園には、見晴らしのきく広い斜面がもうけられた。警察が、貧しい身なりの者たちを排除しやすくするためだ。

 アトランタ五輪組織委員会の当局者は、五輪のために市中心部から貧しい黒人の排除を警察に要請したことはないと主張した。だが大会期間中、貧しい身なりの者たち(そのほとんどは黒人だ)の姿はウッドラフパークから消えた。その一方で、地元の刑務所の収容人数は、開会式前の2200人から、大会期間中は4500人に急増した。五輪組織委員会の当局者は、ただの偶然だと主張した。(pp.204-205)

華やかな博覧会やイベントなど国策興業があるときには、キナ臭いことが必ず起こっていると『無縁声声』平井正治さんが書いていた。まるで同じやと思う。

巻末の解説で、湯浅誠さんが、この占拠運動は何よりもまず「民主主義の学校」だと書いている。私は「自治の学校」だと思った。選挙で選ばれた自分の言動は「民意」だと言いつのっている首長もいるが、自分に投票しなかった人をも代表するポジションにいることを、この人はあえて無視している。99%の「民」はもっと多様で、「ぼくの考え」くらいでは代表されないし、その中に対立だってある。必ずしもひとつにはならない99%がどう折りあっていくか、場のつくり方としても力になる本。

(5/11了)
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/4353-f43a34e4
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ