読んだり、書いたり、編んだり 

野の花ホスピスだより(徳永進)

野の花ホスピスだより野の花ホスピスだより
(2012/03/28)
徳永進

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週明けからぐりぐりと一仕事おわらせ、さすがに疲れて、図書館へ寄ったあと、階下の本屋へ。久しぶりに徳永進の本をみかけて、似たようなタイトルの本を読んだような読まなかったような…と思いつつ、表紙カバーの赤い郵便ポストと猫の後ろ姿に、ふらふらと購入。このところ、いただきものの図書カードがあるせいで、本を買い気味。

読んでいて、先週の「尊厳死ってなんやねん!?」での話を思いだしたり、こころゆさぶられるところがあって、ところどころで涙をこぼす。同じくらい、笑いがこぼれる。そんな本だった。

野の花診療所にやってきた人の人生、思い、揺れる心、変わる意思。

ALSの東さん。
「死は覚悟できている、延命の必要なし」という確固たる意思を持った日本男児。しだいに病状は進み、自分でおしっこの始末もできず、食べられず、人の世話になるのはプライドが許さん、死にたいと言う東さん。
当直ナースが声をかける。「東さんのプライドも大切にしたいけど、家族や私たちにとって、オシメした東さんでも一日でも長く生きてほしい」。
東さんは突然泣きだし、「アリガトウ、イエニカエッテミタイ」。

医者のぼくの前では起こり得ない出来事だと、徳永進は書く。
▼意思は変わる。確固とした意思さえ変わる。考えてみた。おそらく「本人の意思」は自分の所有物と考えやすいが、本来、他に帰属する部分が多い、のではないか。(p.55)
肺がん末期の静さん。
「家におる時は痛うて、えろうて、舌かんで死んだらぁ思って。かんだら入れ歯ガクガクで死ねれんで」と笑う。「楽になったら、今度は生きとうなって。まぁ、人間ってええ加減なもん」とまた笑う。

子宮がん末期で入院したスエばあさん。
自分の病気のことをどう思っているか聞くと、「さあ、治そう思やあ、治りましょうやあ」。横でナースが言う「さっき、わしゃあ死んだ方がええって言われてたのに」。

▼皆の気持ちは揺れ、皆の言葉もゆれる。それでいいんだ、と思う。(p.237)

先週、「尊厳死ってなんやねん!?」で、桑山さんは変わるんですと言っていた。元気なときには「自然に死にたい」と言ってた人も、実際しんどくなってくると「しんどいのはイヤや、楽になりたい」と呼吸器をつけたりする。呼吸器をつけて、その楽さを知り、言うことが変わってもくると。

行動療法の話にあった「どうなるかは分からない。…あれこれ工夫しているうちに道が生まれたりする。それって、何にでも共通している」(p.101)とか、三途の川を渡るときにお父さんが痛くないかと案じる娘さんに応じて座薬を入れるナースの話にあった「意味のないものの意味」(p.197)とか、死ぬことだけを相手にしている医療空間は異常ではないかという話にあった「死に飽きることなく、死に対して心を砕き、死に深くかかわり通した」(p.159)看護師さんのことなど、こころに残るエピソードがあちこちにある。

そして「心を解く」(pp.221-222)を読んで、泣いて、ちょっときもちがすっきりした。自分のなかにうずまいていたもやもやが、洗われた気がした。

*野の花診療所
http://homepage3.nifty.com/nonohana/

(4/16了)
Genre : 本・雑誌 雑記
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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