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宮本常一著作集 4 日本の離島 第1集

宮本常一著作集 4 日本の離島 第1集宮本常一著作集 4
日本の離島 第1集

(1969/05)
宮本 常一

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山口の周防大島の国広さんからみかんを送ってもらうようになって3年くらい。周防大島は、宮本常一のふるさとでもあって、国広さんとはみかんのメールの合間に本の話がときどきあったりする。

1月に「先日読んだ宮本常一著作集にも昭和30年代の大島ミカンの勢いが書いてあって…」とメールをいただいたときに、本がお手許にあるのだと思い、私も読んでみたくて「何巻ですか?」と気軽に尋ねると、国広さんはちょうど次々と著作集を読んでおられて、どの巻だったかすぐにみつからないとお返事があり、追って「著作集の4巻の47ページに」と発見したメールをくださった。

宮本常一の著作集はもう50巻ぐらい、えんえんと出ているやつで、これは近所の図書館にも揃ってある。それを聞いて、4巻「日本の離島 第1集」を借りてくる(5巻が「第2集」になっている)。

おしえてもらったページの前後をとりあえずは読んでみるつもりが、結局一冊読んでしまう。「島に生きる」とはどういうことなのか、離島の問題とは。海の民の通い路から「日本」を描きだしてみせた網野善彦のように、この宮本常一の「日本の離島」にまつわる4巻は、いまの交通手段をもってすると遠い遠いところと思える島々を、別の視点でみせてくれる。

名前だけは知っている島もあれば、渡ったことのある島もある。親戚の住む島、友人知人の住む島もある。
「離島」というと、荷物を送るのでも送料が別に追加でかかったり、遠い遠いところという印象がどうしてもある。けれどそれは、海上交通によって島がむすばれていた頃には「循環交通の途上にあったもの」が、「交通体系の変化から支線交通の末端におかれるようになった」ために生じたことなのであった。

いま、隠岐といえば島根、対馬・壱岐は長崎、天草は熊本…と、その行政県の範囲でつい結びつけてしまうが、かつて島は船による往来で、もっと広い世界と結びついていたのだった。
▼…かつて佐渡の廻船は北海道から大阪までの間を航行して、島民は他の土地を経由せず、直接その文化にふれることができたというが、今そのことは全くなく、新潟・直江津などからの支線につながっている。…
 文化というものは支線の末端へは浸透しにくい性質をもっている。さきへ行くほど交通量も生産量もおちるからである。(p.102)

周防大島のみかんのことも、ちらほらと出てくる。国広さんご指摘の付近にはこんなふうに。
▼…周防大島は瀬戸内海では三番目の大きい島で、本土にも近く、島としてはめぐまれた方であり、出稼者も多く、また大正時代には養蚕を、昭和に入ってはミカンの栽培に力をそそいで、生活もずっと向上して来たのである。(pp.28-29)

島の多くは、まずしい。便利とはいえない、生活の苦労の多い小さな島に、なぜ人は住みついたのか。「大ていは止むを得ないような事情によるものであった」と宮本は書いている。なにかの事情で島に着き、郷里へ帰る機会をうしなったとき、人はそこへ住みついたようだと。「本土や大きな島で食いつめたものが、行き場がなくてそこにおちついたというのが大半であるといっていい」(p.13)という。

帆船の時代には、島は日和待ち、風待ちに利用されることが多かった。そうした島々は、帆船の往来がなくなったことによって、明治、大正、昭和と忘れられていった。「帆船が汽船になると、その島へ来ることを目的とする以外のものは、もはや島へは寄りつかなくなったのである」(p.20)と。

離島青年会議で、宮本常一は若者たちに呼びかける。
▼文化を向上させ、生産をあげるということが、港をつくり、道路をつくることだけと考えてはいないだろうか。われわれのもっとも知りたいことは、諸君が自分の島の持つ資源を発見し開発する努力と能力と方法の問題である。そこに明日への道がひらける。資源は眠っているものであり、それを見つけるのは人間である。人間が見つけない限り資源は資源でない。(p.58)

そういう発見は若いものでないとできないといい、祝島の青年たちの動きに宮本は言及する。映画「ミツバチの羽音と地球の回転」でも出てくる祝島は、こういう島でもあった。

▼山口県の瀬戸内海側に祝島という小さい島がある。補習学校の盛んにつくられたころ、同じつくるのなら実力のつく学校をということにして乙種の水産学校をつくった。小学校をおえて三年間学ぶのである。小さい島だから、毎年の入学者は20人ほどだった。生徒たちは魚について、海況について学問的にまなび、また沖へ出た。それは幼稚なものであったと思う。そしてその学校は10年でつぶれた。しかし、いま、この島の人たちは瀬戸内海中では一ばん進歩的であろう。タイノベナワでは、西瀬戸内海第一の水揚げを示している。青年の夢が生んだ効果である。(p.60)

1969年5月、私がうまれたころに発刊されたこの4巻におさめられているのは、古いものは1950年、新しいものでも1960年に初稿が発表されている文章群。もう半世紀以上前のこの離島についての話を読みながら、島のまずしさ、文化の遅れと書かれるものが、過疎について語られるのと似通っていると感じた。

森克己『人身売買』、古野清人『隠れキリシタン』の本のことが272ページに出てきた(どちらも至文堂の日本歴史新書の一冊らしい)。ちょっと読んでみたい。

(3/3了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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