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高峰秀子の捨てられない荷物(斎藤明美)

高峰秀子の捨てられない荷物高峰秀子の捨てられない荷物
(2003/03)
斎藤明美

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『芸術新潮』の1月号(ベン・シャーンの特集)→そこに載ってたクレー小論の後編→前編をたどって『芸術新潮』12月号(高峰秀子の特集)→そこで強く印象に残った斎藤明美の「まさに"食う"ように」から、この本を借りてくる。斎藤明美は、高峰の養女となった人。高峰のことを敬愛し、「かあちゃん」と呼んでいる。

高峰秀子=デコちゃん、というくらいは私もかろうじて知っていた。しかし高峰映画を見たこともなく、子役時代から働き続けた半世紀の役者人生、そしてたくさんの本を書いていることも、『芸術新潮』の「高峰秀子の旅と本棚」の特集記事で初めて知った。

高峰秀子が背負ってきたデカい荷物―女優業、デカい家、大量の家財、別荘、執筆業。そのなかでも一番捨てたかったのは"女優"だった。これさえ無くなればあとのものも自然となくなる。その悲願だった引退を、養母の死から一年後に果たした高峰は、デカい荷物を処分していく。

思い出の詰まった品もある。普通はなかなか処分できないものだ。そこのところを、斉藤のインタビューに、高峰はこんなふうに答えている。
▼…かあちゃんは『徒然草』が好きだろ。あの、何でもかでも『いと見苦し』のオジサンが書いてるじゃない、『身死して財残ることは智者のせざる処なり…』って。だから思い切って物への執着は捨てて、思い出だけを胸にしまおうと思ったわけ。思い出は何時でも何処でも取り出して懐かしむことができるし、泥棒に持っていかれる心配もないからね。…(p.257)
「まさに"食う"ように」本を読んできた高峰は、さかのぼれば5歳からの子役人生を容易に降りられなかったために(多くの親族の生活を担って稼ぎ続けていたために)、小学校にもほとんど通えず、読み書きを独学してきたのだった。そのことについてふれた部分には胸がふさがる思いがする。こんなにも学びたかった人が、「学校に行かなくても人生の勉強はできる」と学校をやめねばならなかった。

高峰への10時間以上のインタビューと、「かあちゃん」との日々のつきあいをもとに書かれたこの本は、そういう環境で生きぬいてきた高峰の人となりを伝えて、ところどころ吹き出すほどおかしい。私がこの本を読み終わると、えらい笑ってたナーと同居人に言われたのだった。

「自分のお財布からお金を払って、私が出た映画をわざわざ観に来てくださった方、一人一人が、私の勲章です」とという気持ちで仕事をしてきた高峰の言葉に、自分の財布からお金を払って『We』を買ってくださる読者のお一人お一人に対する有り難さを、あらためて感じた。

(2/9了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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