読んだり、書いたり、編んだり 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

郵便屋さんの童話と、手紙

カレル・チャペックの童話の作り方カレル・チャペックの童話の作り方
(2005/02)
カレル チャペック

商品詳細を見る

カレル・チャペックに「郵便屋さんの童話」があると知って、その話が入っている本が図書館にあったので借りてきた。この本のチャペックの「まえがき」がおもしろい。

▼ねえ、子供たち、もし、だれかが童話なんて、みんなつくり話で、ほんとうのことは一つもないんだよ、なんて言う人がいたとしても、そんな人の言うことを信じちゃだめだよ。童話はね、ほんとうにほんとの話なんだ。そのうえ、ほんとうの話がね、たくさんあるんだよ。…(略)…でも、どうしても信じないって言う人は、これから先を読んじゃだめ。
 それじゃ、お話にはいろうか。(pp.9-10)

訳者のことばづかいのおかげもあるけれど、この「まえがき」を読んでいると、なんだか山崎コマリさんのお話の声が聞こえてくるのだった。12月中旬にあそびにいった「へのへのもへじ文庫」に遊び名人として来ていた山崎コマリさんの話をたっぷり聞いて、あの日は耳福という感じだった。

この本には「とってもながーい猫ちゃんの童話」や「お犬さんの童話」「とってもながーいお医者さんの童話」などと並んで「郵便屋さんの童話」が収められており、それらが「1 童話作りの実践教室」で、本のうしろの三分の一くらいが「2 童話の作り方・総まとめ」になっている。

まずは目当ての「郵便屋さんの童話」を読む。
ある日の夜、郵便局内でスクジーテク(男の妖精)たちが働いているのをコルババさんは見る。郵便物を分類し、経理や電報の仕事をし、それがすんだスクジーテクたちは、トランプを始めた。黙ってみていようと思ったコルババさんは、我慢ができなくなって思わず呼びかけた。どんなカード遊びをしているのかと問いかけたコルババさんに、スクジーテクたちは持ち札の説明をはじめる。

未配達の手紙が自分たちのカードで、一番弱いカードは七、次に八、九、十となり、絵札のジャック、クイーン、キングと続いて、エースが最強。それは、その手紙のなかに、何が書いてあるかで、強いか弱いかがきまる。

七は「なかに嘘とか偽善的なことが書いてある手紙」
八は「書きたくはないんだけど、書かなきゃならないからしかたなしに書いた手紙」
九は「儀礼というか虚礼というか、ただ義理を欠かさないために書いた手紙」
十は「なにかおもしろいこと、目新しい出来事などを書いた手紙」
ジャック「相手をよろこばせようと思って出す手紙」
上のジャック「親友同士のあいだで交わされる手紙」
キングないしクイーン「愛から書かれた手紙」
エース「書いた人は、その手紙をとおして全身全霊を相手の人に捧げる、そんな手紙」

エースのような手紙は、母親が自分の子供に、または、人が自分自身より以上に愛している人に書いた手紙のなかにみつけることができる、とスクジーテクは言う。そして、自分たちは封をした手紙を外からさわっただけで、なかに何が書いてあるか感じとることができるのだと言うのだった。心のこもっていない手紙は冷たい感触、手紙に愛がこもっていればいるほど、それだけその手紙は暖かみをますと。

コルババさんは、自分の郵便配達という仕事がなんとなくいやになりかけていたのが、この夜のあとから、いやではなくなった。

ある日、ポストに投函された手紙のなかから、切手も宛名もない、けれど、暖かい感じのする手紙がみつかって、コルババさんは、なかにはきっと心のこもったことが書いてあるにちがいない、受け取るべき人のところへ届けなければと局長さんに進言する。信書は開封できないけれど、スクジーテクが額にあてて読みとってくれた内容から、この手紙が届けられるべき「マジェンカ」さんを探しにコルババさんは出かける。

そこから先は、なんだかI.B.シンガーの書く手紙の話を思い出すところがあった。

手紙の話を読んでいて、半年ほど前に書いた「おてがみ」を思い出した。蘭の会という女性詩人たちのウェブサイトに「今月のおてがみ」というコーナーがあり、そこに原稿を書いてほしいと頼まれて書いたもの。

おてがみ

私が今もしょっちゅう買って使うのは50円切手で、出す手紙はたいてい絵ハガキです(ヨソの国へ出すときは、ハガキは世界共通70円)。もっと若いころは、ずいぶん長い便りも書き、枚数が多くて安い便箋をときには10枚も使っていた。いったいあの頃は何をそんなに書いていたのだろう。長い便りの一方で、毎日のように会う人に毎日のようにハガキを投函したりもしていた。書いたものをポストに出しにゆき、それが郵便屋さんの手を介して届く。届いた先では、時をおいてそれを読む。私のところに届く郵便も、そうやって時をおいて読んでいるのだと、ふとしたときに思う。

私はかなりハガキを出しますが、電子メールも使います。キーボードでぱこぱこと書いたものを、自分の手で送信ボタンを押して送る。早いときには1分後くらいに返事が届きさえする。その早さ、時をおく間もないやりとりが、切手を貼って出しにいく郵便との違いだろうかと思う。

「文」という、手紙や文字の意味ももつ自分の名を、「手紙」とあらためて言われると、ちょっと考えます。小さかった頃は、電柱に自分の名をみつけ(住んでいたすぐ近くに学校があったので)、地図を習えば「文」とは学校の意味であり、単位を習えば、それはお金や長さをあらわしたものであり、漢字の成り立ちを知れば、それは紋様からきたのだという。

詩と文のちがいは、今もあまりよくわかりません。詩集というのは、下の方が白っぽい本だと長いこと思っていた。短くて、さっさと読めるとも思っていた。あるとき散文詩というのを知って、そっちはお経のようにも見えた。声に出して読むとおもしろいと知り、ことばを声にのせると気もちがいいことも知り、ときどき、気に入った詩を声をあげて読んだりする。

詩は、声からくるのか、それとも、文字からうまれるのか、どんなふうに詩はたちあがってくるのだろうと興味があります。もしかすると詩は、太鼓のようであったり、楔形文字のようであったりするのか。それは、どんな場で、どんな時に、どんなふうに。

2011年6月



外から触って暖かみを感じるような手紙、そんな便りをポストに投函したいと思った。うちの最寄りのポストはなくなってしまって、一番近いのはコンビニのレジ前にある箱だけれど。
Genre : 日記 日記
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/4213-2b4db641
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ
 
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。