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小千谷から―新潟県中越大震災から2年半 被災地で暮らす主婦の記録(おぢやのおやぢママ)

小千谷から―新潟県中越大震災から2年半 被災地で暮らす主婦の記録小千谷から
―新潟県中越大震災から2年半
被災地で暮らす主婦の記録

(2007/06)
おぢやのおやぢママ

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▼…私はその日の生活のことだけでもう頭がいっぱいでした。スーパーの一角や通販のチラシで見かける「非常持ち出し袋」は気にはなるものの、チラ見しては「いつか用意しなくちゃなぁ」と素通り。
 それは「よりによて自分の町に地震が来るなんてこたーねーだろう」という、危機感ゼロの「うちの町に限って」感がたっぷりだったからです。(p.2)

2004年10月に起こった新潟県中越大震災。大阪にいた私には、土砂崩落に巻き込まれた車から4日後に3歳の子が救出された、あの地震、という記憶になっている。この大震災を経験した、おぢやのおやじママによる、震災後のできごと記。まえがきにあるとおり「地震が来たらどんなことが起こるのか」を、この本を読みながらずいぶん考えた。

おぢやのおやぢママは、被災後に車中で2泊後、小千谷市外の夫の実家へ避難。そこでは「お世話になる」ことへのストレスと、「自分だけ市外に避難して申しわけない」といううしろめたい気持ちにさいなまれた、という。小千谷が気になる、被災して小千谷にいる友だちが気になる、こんなにつらいのに親戚に気を遣わなければならない、気持ちを打ち明ける相手がいない。

地震発生から6日後、おぢやのおやぢママは、夫の実家のパソコンからmixiへアクセスして気持ちを綴りはじめた。それがブログに転載されて「小千谷から」が始まった。この本は、そのブログ媒体だったものを、本という媒体にまとめなおしたもの。

震災1年目、震災2年目、震災3年目、とまとめられている。被災地で暮らすひとりの女性が、何に悩み、何に困り、どんなことに怒り、泣き、笑ったかが書かれていて、私にはなかなか具体的に思い浮かべられない長野の栄村や、東北のことを思いながら読んだ。
1995年1月の阪神大震災では、大阪も相当大きく揺れた。当時、本棚を6本だったか7本だったか林立させた部屋で一人で住んでいた私は、揺れの向きがよかったようで、幸いにして本棚におしつぶされずにすんだ。おんぼろの木造アパートの「うちがこのくらいなら」と思っていたら、よほど頑丈に見えた大学の建物では、あっちでもこっちでも本棚やらなんやらが倒れまくっていた。ガスや水道が止まり、停電した地域もあったようだが、私が住んでいたところは電話が一時的に通じなかった以外は、ライフラインは切れなかった。余震はずいぶん続いたから、1ヶ月くらいは夜中もずっとラジオをつけたままだった(当時の私はテレビなし子の生活をしていた)。

「大阪」も亡くなった方がいて、全半壊の家屋があって、仮設住宅もあった。それでも、「神戸」に比べると、全くの別世界だ、何十分か電車に乗って大阪に来ると、あまりに違ってくらくらすると、電車が通じるようになった「神戸」から大阪へ出てくる人から聞いたこともある。

被災地のウチとソトと、分かること分からないことがあると思った。

(11/14了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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