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「お客様」がやかましい(森真一)

「お客様」がやかましい「お客様」がやかましい
(2010/02/10)
森真一

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図書館のカードが空いてた日に、目について借りてきてみた。いまの日本は、ますます「お客様」社会になってるんちゃうかという著者が、その問題点を指摘した本。

▼店員が失礼だったからという理由で暴言・暴力が許される。そんな理由にならない理由が、まるで正当な理由としてなりたつかのようになってしまったのが、「お客様」社会なのです。(p.52)

この「お客様」社会は、とにかくお客様の不満を取り除くことに全力をあげる。しかし、その不満排除が、逆説的にも、より一層「お客様」の不満のタネをよぶのだと著者はいう。
▼不満を徹底的に排除しようとする努力は、不満を感じる機会を減らします。しかし、それは一時的にすぎません。以前ならいちいち不満に思わなかったことに不満を感じるようになるのです。高度なレベルの気づかいを、みんながみんなに期待するからです。…
 客観的には不満の要因がドンドン取り除かれてきているのに、主観的にはますます不満のタネが増えているように感じられてしまう。不満の要因を排除する徹底さの度合いが高ければ高いほど、満足への期待レベルが非現実的なほど高度になり、かえってささいなことにも敏感になって、不満や怒りを感じるのです。(p.154)

その具体例として、JR脱線事故があげられている。客の不満、「定時に遅れる」「運賃が高い」「乗り換えが大変だ」といった不満を排除する努力が、つまりは「もっと速く」「もっと安く」「もっと便利にという客のさらなる期待、要望が、1分の遅れも許されない高速運転、軽い車両、若くて経験の浅い運転士の勤務になったのではないかと。

この本では働く現場(例えばスーパーやコンビニ)、教育の場(例えば大学)の例もとりあげながら、「お客様」社会が進めば、さらに客の不満は増大し、拝金主義、自主性の欠如(お客様意識)、暴力につながると述べる。

読みながら、いわゆる"公務員バッシング"というのも、「行政サービス」に対する「不満」というかたちでの「お客様」的な言動なんやろうなーと思った。住民の多くが、自分は"サービスを受ける"側で"行政はちゃんとやってくれない"と思ってしまうのは、なんというか、思うツボのような気がするけど、それは誰の思うツボなのかと。

こういう「お客様」社会からの脱却を試行錯誤するときに、『「街的」ということ』は参考になるかもと書いてあった。

お金とサービスが情報化されている場所では、いつ行ってもお客が「誰でも同じように遊べる」のがお約束。そういう場所のカタログ情報誌を見て、あっち行ってこっち行って「同じように遊ぶ」ことより、予定をたてて遊びにいったら、その予定が台無しになるような場所、それが「街的」ということ。お客になりにいかないところ、というか。

(11/10了)
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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