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本は読めないものだから心配するな(管啓次郎)

本は読めないものだから心配するな本は読めないものだから心配するな
(2009/10/20)
管啓次郎

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自分の名の「文」という字があちこちにあるのに気づいた初めは、電柱だった。子どもの頃住んでいた団地のすぐ前は学校で、そこいらの電柱にはスクールゾーンを示す緑に白抜きの「文」がいくつもあった。そんな「文」のことを、管啓次郎の『本は読めないものだから心配するな』を読んでいて思い出したりした。

この本には、文字、文章、文学といった言葉も出てくるのだが、「文」もあちこちに顔を出す。「文の道は錯綜し、からみあい、無限につづき、それは誰がどこまで歩いていってもいい。」こんな一文を読むと、私の行く先は、ごちゃごちゃと入り組んでいるような気分にもなるし、「われわれの心は、否応なく文によって作られている」などは、まるで私がヨソさまの心にこんにちはと入りこんでいる気がしてくるのだった。

▼心がどのような言語で語られるどのような文によって育てられるかは個々の人の自伝に属することだが、その心の自伝は別にいずれかの国語、いずれかの文学に忠誠を誓う必要はまったくない。文字という徴が描き出す文という紋様の非人間的な自由さは、そんな境界をまったく意に介さず、誰にとっても接近可能なものとして、そこに与えられている。(pp.226-227)

延長もして、期限ぎりぎりまで、ゆっくり、ゆっくりと楽しんだ本。なぜかこの本は、まったくイッキ読みができず、ゆるゆる~と時間がながれた。また、しばらくしたら借りてきて、このゆるゆる時間をすごしたいナーと思う本。
▼目で見る風景は、切り取られたその一部ではあっても、持ち帰ることができる。耳で聴く音も、洗練された録音機器によって、身近に留めておくことができる。だが旅の「その場性」を担うもっとも重要な感覚は、じつは視覚でも聴覚でもないだろうと、いつからか思うようになった。
 「私」がある時そこにいることをもっとも直接的に教えてくれるのは、触覚だ。全身の肌が感じる空気の、温度、湿度、動き。この全面的な包囲は、どんなかたちでも置き換えることができないし、媒体に記録することもできない。だから「風が吹く、ゆえに、われあり」。(pp.146-147)

こんなところを読んで、錯覚にもだまされにくい「触覚」という感覚のことを思う。

▼理解とはつねに自分勝手な暴力で、こうしてみるとそれはもともとたしかにあった現実の、影絵芝居の、影絵芝居の、影絵芝居のようなものになってしまう。そしてまた、人はそれを気まぐれか必要に応じて再話する。(p.133)

こんなところを読んで、張領太さんと話した「わからなさを大切にしたい」のことを思い出す。

▼「本」はすでにあまりに硬く制度化されているようにも思えてきた。本のかたちをとれば、書店で売られたり、図書館に並べられたり、個人の部屋の中でも、本棚に立てられたり、机に積まれたり。モノとしてのそれなりの「お行儀」が決まってくる。もちろん流通や収蔵のための便利さを考えれば、本という形態は圧倒的にすぐれている、ぼくは本が大好きだ。でも本におさまらないもの、ずっとプリミティヴなもの、何かの芽生えみたいなものには、「らくがき」以外の存在の仕方がないものがたくさんあるようにも思う。「らくがき」だけが救う表現、命。(p.165)

本は私もスキだけれど、もやもやと、わやわやとしたもの、どうやっても本というかたちにはおさまらないものってあるよなーと思う。

▼5月5日(土) 連休って何。「木」のかたわらに人がたたずむのが「休」だとして、「本」のかたわらに人が立ちつくすのが「体」だというだから漢字はおもしろい。やることが多くてあまりのんびりはできないが、せめてもの休みを求めて、本をもって川原にゆき、体はニンベンを下に、しばし寝そべる。(p.136)

私もこの本を読みながら、ニンベンを下に、お腹に本をのせたままで、うとうとしたりもした。
きもちのいい本だった。

(11/6了)
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第44回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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