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ぼくは旅にでた―または、行きてかえりし物語(杉山亮)

ぼくは旅にでた―または、行きてかえりし物語(杉山亮)ぼくは旅にでた
―または、行きてかえりし物語

(1993/06)
杉山亮

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『子どもにもらった愉快な時間』がめっちゃおもしろかったので、なにかほかの杉山本を読みたいナーと図書館にあったのを借りてきた。杉山さんが、保父をやめ、埼玉で「なぞなぞ工房」をひらいて暮らしをたてていくようになってからの話。

ある日の晩、妻の真紀子さんとお茶を飲もうとした杉山さん。
突然に 「罠だ」 というイメージが頭をよぎる。
自分が「罠」を連想したことを、とくと考えてみる。

▼あるといえば、どこだって罠だらけだ。
 たとえばこの家庭生活を罠だというなら、それだってまちがいではない。
 しかし、妻や子や友人と作る「小さな幸福」と呼ぶべきものの中に、自分の身も心もゆっくりと溺れるように鈍磨していく感覚は、決して悪いものではない。
 罠を避けて生きることができないなら、せめて上手な罠のかかり方をしたいよねと、うそぶける程度には、ぼくもおとなしくなっていた。(p.14)

自分が罠にかかっているのだとしたら、その罠を仕掛けているのは誰か。それもまた自分なのだと杉山さんは思いいたる。「ぼくの中のある部分が、これもぼくの中のある部分を罠にはめ、幽閉しているということだ。」

そして、杉山さんは真紀子さんにもちかける。
「あのさあ、旅にでたいんだ」
家族旅行ではない、一人での旅。一ヶ月くらいかなあ。それを聞いた真紀子さんは「ほおお」「で、その間、かわいいお子様たちのめんどうは誰がみるのかしら?」と夫婦ゲンカごっこをしかけてきた。

「ま、いいか。私は私で遊んでいるわ」「それまでにしっかり稼いでよね」と明るい表情で言う真紀子さんのこたえで、杉山さんが旅に出ることは決まった。

それから6月と決めた旅立ちの日まで、杉山さんは旅のことを考える。
▼おのれの足で行くのがすがすがしく、納得いくと思えた。…
 「行先を決めない「歩いて行く」と決めて、もうひとつ、歩いて行く以上「歩いて帰ってこよう」と思った。… 
 「行く」というのは「帰り」に近づくことだし、目的地を決めない旅となればなおさら「行きながら帰り、帰りながら行く」と言えた。(p.29)

罠にかかっているのが自分だとしたら、その罠をかけたのも自分、旅に誘うのは自分自身だが、その旅の最大の障害になるのも自分自身だと思いながら、杉山さんは当面の旅の目的を「折りかえし点を探す」ことにする。

この「ゆきて帰りし物語」は、そのとおり6月のほぼ1ヶ月をかけて杉山さんが「行って帰ってきた」記録。旅に出たのは1987年だというが、本が出るまでに6年、そのあいだ杉山さんは旅の途中でつけた記録をもとに書いた草稿を、ゆっくりゆっくり書きなおした。6年かけて装飾をそぎ落とされた記録は、頭が先だったのが、身体が先に動くようになったような、そんな杉山さんの1ヶ月を伝える。

高校では山岳部だった杉山さんも、お腹はぽこんとつきだし、ぜい肉がたっぷりつき、歩きはじめてみると体は思っていた以上になまっていた。10分歩いて5分休むようなペース、それもだんだん休む時間のほうが長くなったくらい体が動かなかったと旅の2日目にして杉山さんは書いている。

日々歩き続けるうち、しだいに足どりは快調になっていく。旅の最初には峠越えで3時間コースを5時間半かかり、足にはマメができたが、20日あまりも過ぎた頃には地図に100分とあるところを65分で歩き、マメもまったくできなくなった。

旅の24日目、久しぶりにムチャをする杉山さん。ほとんど休まず、大股でどんどんと進み、今日はもう3つめの山塊に入る。こわいくらいに体が前に進む。

▼ぼくをリードするのは頭ではなく体になった。頭を飼主、体を飼犬として最初に散歩に誘いだしたのは飼主の方だが、今や犬はどこまでも走りだし、飼主はくさりにつかまってなんとか追っかけるありさまだ。(p.185)

そして、帰ろうと思い、旅を終えた杉山さんは、あたたかい罠の中へ戻ってきた。

家庭をもち、妻子があり、「ふつう、こういう無茶はできないことになっている」年頃の杉山さんは、真紀子さんの協力がなければこの旅は成りたたなかったのを承知でと前置きして、「自由な旅はいつでもできる」と書く。

頭が飼主風になりがちな自分をかえりみて、杉山さんが「頭のためには長いフリータイムが与えられることで、体のためには何百キロか歩くことで、いらないものがそげおち、必要なものがきたえられてきた」(p.212)と書くこの旅の時間は、うらやましく思えた。妻子もちでなくとも、仕事やなんやかやを脇において1ヶ月の時間を得るのは、病気になるくらいしかないんちゃうかと思ったりするから。

旅のもうひとりの立役者ともいえる真紀子さんがどんな一ヶ月をすごしたのか、どんなことを思ったのか、かなうことならそれも読んでみたいと思った。


この径書房の本には、当時の径通信が綴じ込まれてあった。1992年11月の45号。その巻頭には「原爆投下をめぐる元イギリス軍兵士と被爆者の対話」が載っている。『くたばれ、ジャップ野郎!』の著者・エドワーズさんと、『夏草 ヒロシマおぼえ書き』の著者・持田さんが交わした往復書簡である。この2冊のことを私は知らずにいたが、こんどどちらも読んでみようと思った。

(10/23了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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