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子どもにもらった愉快な時間(杉山亮)

子どもにもらった愉快な時間子どもにもらった愉快な時間
(1989/09)
杉山 亮

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昨晩は『We』行商で(ゆめかぜ基金の八幡さんの話とグループワークはすごくよかった)、今日はそのぶんちょっと仕事を早じまいして、久しぶりに「へのへのもへじ文庫」へ。借りてから長いこと返しにいけないままだった本もずっと気になっていた。しかも、りえさんからのハガキによれば、今日は「団子の日」らしい。うしし。

綾羽こども館へついてみると、入ったところでは大人と子どもがちゅくちゅくと、あるいはころころと、何か手をうごかしていた。(食べる団子ではないのか!)とちょっと思ったが、奥ではりえさんがどう見ても食べる団子をこねている。

よくよくのぞきこむと、ちゅくちゅく、ころころと手をうごかしているのは、羊毛をたばねたりまるめたりして石けん水をかけ、フェルト化させているのだった。やりますやりますと、早速ころころとやる玉づくりと、ちゅくちゅくとやる平べったいフェルトづくりの手ほどきをうけ、ころころと手のなかで、ちゅくちゅくと指先で、フェルト化していく羊毛をいじりまくる。

途中で、ほんまの団子をおやつに食べたあと、本を読んでもらう組に入らず、遅れて来てまだやってないから羊毛さわるほうをやる!という子と、まず玉をつくる手ほどきを見よう見まねでやっていると、おやつの前にさんざんやったヤロという子らが数人また加わってきて、きゃーきゃーと手を出す。

羊毛の袋に足をつっこんでみたり、石けん水をふりかけまくってぐにょぐにょとこねまくっていたり、そんな数人にまじって、私もころころ、くちゅくちゅとまたやって、フェルトの玉を4つと平べったいのを1つつくった。むかしむかし、保育園の砂場で泥団子をつくったときのことを思い出すかんじ。

あーたのしかったと羊毛あそびもおわり、本を借りて帰る。杉山亮さんの本がいくつかあって、そのなかから、『子どもにもらった愉快な時間』と、もう1冊。たしか『子育てを遊ぼう!おとうさん』の人。

帰ってきて読みはじめたら、これがあちこちでげらげらと笑える本で、たまらなくおもしろかった。ぐっはっはーともう涙が出るほど笑いまくって読んだ。
あー、おもしろかった。

伊豆大島の利島の保育園で、本土の町の幼稚園で、杉山さんが保父として過ごした愉快な時間。とくに、利島の保育園で「かぜ組」の子どもたちとの散歩の話が冒頭でまずココロをつかむ。

「保育園自体が集落の西のはずれですから、林道に入ると人家は一軒もなく、車もめったに通りません。此路がうまい具合に椿林の中をグルッと回って40分くらいで園のそばに戻ってこられるようになっています」という林道での"子どもだけの散歩"の話。

一度目は、林道の入り口で用事を思い出したフリをして、子どもだけを先に行かせ、タバコを吸って少し時間をつぶしてから、子どもたちを尾行。けれど尾行・覗きの成果というのでは絶対にフェアではないし、後味もよくない。

「意を決して二回目では尾行をやめて、完全に子どもたちに任せきることにしました。」

林道の入り口で背を向け、保育園に戻ってコーヒーをいれ、タバコを一服。1時間ぐらいと任せきったつもりが、なにもしないでいると、交通事故・迷子・ケガ・ケンカ…子どもが倒れている光景、そのそばで責任追及される自分の姿、ろくでもない想像がひろがる。

「すべてを自分の腹にのみこんで子どもたちを送りだしたつもりでも、弱いものです。」

結局、林道の終点に先まわりして待つことに。「長い針が一番うえに来るまでに帰っておいで」と送りだした子どもたちは、ぎりぎり間に合って必死の形相で走って戻ってきた。杉山さんは、「許せ、おまえを一度だけ疑った」というメロスの友人の心境。

こんな企画が浮かぶのも「利島では車の絶対量が少ない上に、みな顔見知りですから、子どもを見かければ必ずスピードを落としてくれます。停車して笑いかけてくる人もけっこういます。…とにかく交通事故にあまり目くじらをたてないで済む」から。

大人の自分でも、道に出るときにヒヤっとすることのある環境で生活していると、こんな企画を実現するのはきびしいなあと思う。

しばらく前に『死を招いた保育』を読んだ。埼玉のある保育所で起こった園児死亡事故を追ったルポである。保育中に1時間にわたり所在を確認されないまま、4歳の子が熱中症で亡くなったという事故。

杉山さんが子どもだけに任せた「1時間ほど」と、この埼玉の保育園の「1時間」とを、同じように語れないとは思うものの、でも「1時間」。

一回目に、尾行しながら任せた散歩のあとに、杉山さんはこう書く。
▼おもしろそうならわざとケガをすることも辞さないという価値観にも恐れ入りますが、文句を言う気にもなれないのは、みんなニコニコといい顔をしていたからです。
 大粒の汗がキラキラ光っています。
 いつも横にいて指図する人がいない気楽さがあるのかもしれません。この子ども集団の本来の強さを、保護という名目で封じこめてしまう役割を、ある意味で保育園が担わされているんだよなと、ちょっと考えさせられます。(p.24)

『死を招いた保育』を読んだとき、私が最初に引っかかったのは「安全なはずの認可保育所で」という著者のことばだった。「はず」と「認可」にとくに引っかかった。もちろん、危険があって当然と言いたいわけではない。

今日げらげらと大笑いで杉山さんの「愉快な時間」を読みながら、頭のすみでは『死を招いた保育』のことを考えていた。

(10/21了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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