読んだり、書いたり、編んだり 

この女(森絵都)

この女この女
(2011/05/11)
森絵都

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こないだ社納さんが、読みますか~?と声をかけてくれはったので、どんな小説かわかってないままホイホイと借りてくる。帰りの電車でちらっと見たら、巻末に参考文献がならべてあって、『ルポ最底辺』とか、『どんとこい、貧困!』『釜ヶ崎 歴史と現在』などの本があがっている。この小説の舞台は釜ヶ崎のようなのだ。

帯には「あんたのヒロイン、なかなかのタマやな」とある。

帰ってきて読み始めて、ぐぐぐっと読んでしまった。この小説は、その「なかなかのタマ」である二谷結子を主人公に小説を書いてくれと頼まれた甲坂礼司が、結子にテキトーにあしらわれながら、その半ば以上はホラらしきやりとりを克明に書きつけながら小説を書こうとしていく話。つまり、小説の中で、小説が書かれていく。礼司が書いた小説には「この女」とタイトルがつけられている。それが、外側のこの本のタイトルにもなっている。

礼司が書いた小説が、15年ばかり経って、神戸のある大学の教授室から発見され(あの震災で、教授室の書類も本もすべてわやくちゃになり、そこに礼司の小説は紛れてしまったのだ)、舞台は礼司が小説を頼まれることになった1994年まで一気にさかのぼる。そして年が明けてあの大震災の前夜までのことが描かれる。
礼司は釜ヶ崎のドヤで寝起きし、日雇いで働く24歳の若者。若いもんがきわめて少ない釜ヶ崎で、大学の夏休みに釜ヶ崎を取材して小説を書いたるねんという22歳の大輔と知り合い、なぜか結局、大輔の宿題の小説を、礼司が代筆して書いてやった。この小説は誰が書いたんやと教授にすぐ見破られ、「釜ヶ崎の作家の卵」として、ひょんなことから礼司は小説を書いてくれと頼まれることになる。依頼者は結子の夫、ホテル・チェーンのオーナーで、前金として100万、小説が書けたら200万でどうやろかと礼司はもちかけられる。

そんなどえらい金を積んで、女房がかいくぐってきた山あり谷ありの過去を書いてくれというおっさんがいる。

そして礼司が会った小説のヒロインになるはずの結子は、どれがほんまでどれがうそなのか、会うたびにぺらぺらとテキトーな過去を語るのだった。こないだ聞いた話とちがうやないかと最初はつっこみを入れていた礼司だが、「そんなん、どっちでもええやんか」と結子は不機嫌になり、「もうええ、二度と話さへん」と言い放たれるので、あるときからは結子が何を語ろうとも聞き役に徹し、それを受け入れることにした。うそでも積もればそれなりの真実が浮かび上がると、礼司は信じていた。

たとえば、何を語ろうと、結子の語る少女時代は寂しい。孤独だけが支離滅裂な結子の過去を束ねていた。

礼司がすこしずつ結子の過去にちかづくにつれ、二谷からの小説の依頼は、金持ちの酔狂なわけではなく、明確な意図があることがわかってくる。その大がかりなたくらみに気づいた礼司は、二谷に小説は読ませへん、この小説は自己満足のために書くんやと決める。「小説を完結さすにはあんたの過去が必要なんや」と、結子自身の口から、ずっと彼女が語らなかった過去を聞く。

1994年は、2010年の猛暑に劣らぬほどの暑い夏だった。まるで去年の夏のように、最高気温の記録が各地で連日のように更新され、バタバタと人が倒れ、大阪では熱帯夜が連続何十日と続いた。

バブルはすっかりはじけて、就職氷河期と言われだした最初の年でもあった。その後と比べればまだしもマシだったと振り返れば言えるけれど、ほんの何年か上の世代が"売り手市場"で浮かれた経験をしていた直後、この年の大学4年生が暗い顔をして、ときにはオイオイと泣く場面に私もゆきあったことがある。

礼司に300万で小説を書く話をもちこんだ大学生の大輔は、ある教団へ「出家する」と告げて、礼司の前から姿を消す。教団にひきよせられたのは、釜ヶ崎でぼろぼろの汗みどろになって毎日きつい仕事をしたあの夏、ああ自分は生きとると思えるようになって、世界にも手応えが感じられるようになった、そのあとだと大輔は言うのだ。あの建物もあの鉄道も、みんなわしらが汗噴いて造ったんやというおっちゃんたちが、年取って、仕事をなくして、どんどんのたれ死んでいく、これはなんや、この国はなんやと、考えれば考えるほどわからなくなったと大輔は言った。

読んでいると、そんな年やったなと思い出す。しっかりしたものが崩れだしたような頃。この年は自社さ連立政権、村山トンちゃんの内閣ができた年でもあった。まだ携帯電話はほんの一部の人のもので、ネットやメールも、ポピュラーなものではなかった。

15年経つ頃、世の中はどうなってるやろと思う。95年の震災は、がつんとそれまでのことを断ち切ったところがあった。それは、振り返って分かるところもある。このたびの震災、そして原発の事故を、15年ほど経った頃に振り返るとしたら、この小説を読むような気持ちになるのかもしれへんなと思う。

(9/18了)
 
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震災後15年して見つかった小説。そこにはある青年と彼の人生を変えた女の姿が。釜ヶ崎の地をめぐる陰謀に立ち向かう彼は、小説の作者でもあった。冒険恋愛小説。 甲坂礼司、釜ヶ
2012.08.28 16:47
 
 
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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