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戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)

戦争は女の顔をしていない戦争は女の顔をしていない
(2008/07)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

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「ヴ」の音、いわゆるウ濁抜きで訳したという『チェルノブイリの祈り』ではスベトラーナ・アレクシエービッチだった名が、こちらはウ濁名になっている。

この本は、アレクシエーヴィチ自身がもっとも大切に感じている本だという。
訳者あとがきによると、ソ連では第二次大戦で百万人を超える女性が従軍し、その女性たちは他国のように看護婦や軍医というだけでなく、実際に人を殺す兵員でもあった。だが、戦争が終わって、従軍した女性たちは、「男の中で何をしてきたやら」と侮辱されもし、自らの戦争経験を隠さなければならなかった。

女たちの戦争は知られないままになっていた。アレクシエーヴィチは、その女たちのものがたり、戦争の物語を書こうとした。1978年から女性たちを訪ねはじめ、20年以上をかけて話を聞いてまわっている。

執筆日誌の「はじめてのメモ」には、回顧についてこう書かれている。
▼回顧とは、おきたことを、そしてあとかたもなく消えた現実を冷静に語り直すということではなく、時間を戻して、過去を新たに産み直すこと。語る人たちは、同時に創造し、自分の人生を「書いて」いる。「書き加え」たり「書き直し」たりもする。そこを注意しなければならない。(p.15)

祖国への愛に燃え、自分たちも何か貢献したいと徴兵司令部へ乗り込んで従軍を希望し、前線へと向かった女性たち。私たちだって役に立ちたい、役に立てるというその思いの強さは、日本にもあったのだろうと思う。
人を殺した経験も語られる。「敵と言ったって人間だわ」と一瞬ひらめいて、でも引き金を引いたという女性。初めてのときは怖かった、私と関係のない人を殺したんだ!この人のことを全く何も知らないのに殺しちゃった、と泣いてしまったけれど、しばらくしてそういう気持ちはなくなったと語る女性。

軍曹(高射砲指揮官)だった女性はこう語る。
▼…私たちは18歳から20歳で前線に出て行って、家に戻ったときは20歳から24歳。初めは喜び、そのあとは恐ろしいことになった。軍隊以外の社会で何ができるっていうの? 平和な日常への不安……同級生たちは大学を終えていた。私たちの時間はどこへ消えてしまったんだろう? 何の技術もないし、何の専門もない。知っているのは戦争だけ、できるのは戦争だけ。(pp.148-149)

二等兵(土木工事担当)だった女性はこう語る。
▼…戦争では橋が真っ先に壊されます。…いつも思ったものです。これをまた新たに建造するのにどれだけの年月がかかるだろう、と。戦争は人が持っている時間を潰してしまいます、貴重な時間を。父はどの橋の建設にも何年もかかっていたのを私は憶えていました。何日も夜遅くまで図面とにらめっこして、休みも返上でした。戦争で何よりもったいなかったのは時間です…父が費やした時間… (p.213)

戦場でさまざまな役割を担った女性たちが、それぞれの経験した出来事をとおして「戦争」を語る。

ソ連は、大祖国戦争(1941-1945、ドイツ側では東部戦線とよばれる)でヒットラーのナチスドイツと戦い、勝利のために4年間で2千万人の犠牲を払った。そんなことも、私は知らなかったなと思った。

(9/9了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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