読んだり、書いたり、編んだり 

「被爆二世」を生きる(中村尚樹)

「被爆二世」を生きる 「被爆二世」を生きる
(2010/07)
中村尚樹

商品詳細を見る

同じ著者による『被爆者が語り始めるまで』を読んで、この本があるのを知り、図書館で借りてきて読む。

私の知り合いにも"被爆二世"は数人いる。二世に対する健康診断がおこなわれていることは私も知っていたが、そもそも被爆二世が何人いて、というところは実は曖昧なのだという。厚生省の「被爆者実態調査」をもとに、被爆者数からの推計(子どもが1~2人いるだろうという大ざっぱな計算)として30~50万人といった数字が出ているにすぎない。

この本の前半、「"被爆二世"として生きる」には、親世代の思いを受け継ぎつつも、それぞれが自分のものとして見つけたテーマに挑む"二世"の姿を描く。そして、本の後半では、"被爆二世問題とは何か"、日本が唯一の被爆国ではないことが書かれている。

最後の「こころのヒバクシャたち」の話が、私には強く印象に残った。
たとえば「ノエルベーカーの手紙運動」のこと。若い世代に何ができるでしょうかという高校生からの問いに、ノエルベーカー卿は総理大臣に毎日手紙を書くことを話したという。「手紙、手紙、手紙です。たくさんの手紙を出すことです。郵便切手は民主主義の重要な武器です。もし大臣が百万通の手紙を受けとったら、彼は何かをしなければならないと思うでしょう」(p.198)。

あるいは、証言の会の鎌田さんのこと。
「ただ被害者意識で訴えるのじゃなく、いかに普遍性を持つような訴えになるのかという意味で、体験そのものを、被害と加害の関係のなかで、もっと構造的にとらえる。そうすれば非体験者、あるいは日本人じゃない人、若い世代にも伝承可能です。自分たちの問題として翻訳が可能なんですね。自分たちの日常体験のなかに翻訳できなければ、昔のことを昔のこととして語るだけでは、伝わらないんですね」(p.228)

鎌田さん自身は被爆者ではないけれど、被爆者問題と核兵器廃絶問題に一筋に取り組んできたという。体験から学ぶ、体験を伝える、記憶するということは、被爆者問題に限らず、さまざまな運動の場面で言われる。体験した人たちがこの世から消えてしまえば、問題は消えるのか?たぶんそうじゃない。直接に体験した人たちしか語れないのか?たぶんそれもちがう。

"当事者"って誰のことやろうと、よく思う。

(8/22了)
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/4048-43cf4b83
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ