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被爆者が語り始めるまで―ヒロシマ・ナガサキの絆(中村尚樹)

被爆者が語り始めるまで―ヒロシマ・ナガサキの絆被爆者が語り始めるまで
―ヒロシマ・ナガサキの絆

(2011/07/28)
中村尚樹

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8/1に本屋でちらっと見て、親本が図書館にあるかなと思ったらなく、文庫化にあたり再編集されているというので、8/2に買ってきて、一晩かけて読む。

長崎で被爆し、原爆で亡くなった同僚の名簿づくりに取り組んだ原圭三さんのことと、広島で被爆し、長い沈黙を破って体験を語りはじめた宮川裕行さんのことと、「ナガサキの絆」「ヒロシマの絆」と題された二つの話がおさめられている。

自分が助かったことが「申し訳ない」という気持ち、なぜ自分が生きのび、なぜ他の人たちは死なねばならなかったのか、なぜ自分だけが生きているのかという思いを、原さんや宮川さんは語っている。
被爆した工場の1パーセントに満たない生き残りの一人である原さんは、死ぬときでさえ一人の人格を持った人間として死ねなかったのが戦争だったと語る。「ある工場で犠牲となったおよそ三百人の犠牲者」としか表現されないこと、一人ひとりを振り返ろうともしない会社の姿勢に原さんは憤り、自分の知る先輩や後輩の名前が違う字で書かれていたり抜け落ちていたりする会社の名簿に、死んでいった同僚たちへの申し訳なさと、かわいそうだという思いがつのる。

▼自分が死んでしまえば、自分の記憶の中にある原爆で死んでいった同僚たちのことはどうなるのだ。誰も振り返る人がいなくなってしまう。彼らの名前をいま、取り戻さなければ、永遠に失われてしまう。(p.55)

原さんは、被爆後29年、49歳のときにそう思い、亡くなった同僚の正確な名前と被爆した場所や当時の状況についてきちんと一覧できる名簿をまとめようと決意する。原さんが名簿をまとめる中でわかってきたことのなかで、原爆で亡くなった同僚たちは、長崎を中心に九州の人が多いものの、北は北海道から南は沖縄まで、徴用によって全国各地から長崎に来た人たちがいた。そして学徒動員を中心に、犠牲者のうち四分の三は三十歳以下の若い人たちだった。

宮川さんは、戦後ずっと自らの被爆体験を直接に語ることはないまま30年以上も沈黙してきた。
▼家族や友人の多くが亡くなり、死ぬのが当たり前の状況が被爆直後の広島だった。生き残った喜びが否定される心情、それが戦後も被爆者の心を覆っていた。(p.332)

同じような思いを私は近くに住むKさんから何度か聞いてきた。爆心から1キロあまりの国民学校で、学校のほとんどの子が亡くなり、生き残ったのはKさんともう一人の子だけだった。なぜ自分だけがと、8月6日が近づくとどうしても思ってしまうとKさんは言う。

宮川さんの父親は、市女とよばれた広島市立第一高女の校長だった。8/6は爆心近くの建物疎開の作業に出ていた1、2年生の多くと教師、工場に動員されていた3、4年生と専攻科の生徒たちのうち、原爆で亡くなった者が676人、一つの学校の犠牲者としては市女は広島で最大の被害を受けた。宮川さんの父も疎開作業に加わっていたが、教員人事の打ち合わせのために8時前に現場をはなれて広島駅へ向かい、そこで被爆した。

多くの生徒を死なせた責任を、宮川さんの父は校長として痛感していた。実際亡くなった生徒たちの親たちが校長を責めた。体調の悪かった生徒も弁当番くらいできるだろうとの校長の言葉に無理にも建物疎開の作業に出てきていた。「娘を殺したのはお前だ」「生きた娘を返してください」と親たちに詰め寄られ、苦悩する父の姿を、宮川さんは見ていた。

その父が亡くなったあと、市女で書道の教師をしていた溝上の遺品から見つかった「生徒たちの書き初め」を遺族へ返そうとした宮川さんは、父に代わって自分なりの遺族へのつぐないができるかもしれないと考えた。そして書き初めに記された名前から、生徒の遺族を探し、50回忌を前にそれぞれの書き初めを返すことができた。市女の生徒はほとんどが広島市内から通学生だったから、原爆で家も焼けて、なんの遺品もない場合が多かった。娘たちの形見の書き初めに、遺族は喜び、涙を流した。

自らが被爆者であることも語らずにいた原さんと宮川さんは、沈黙のときを経て、それぞれに鎮魂の作業を始めた。名前をたずね、遺族をたずねる作業は、何百何人かが犠牲になったというかたまりの話ではなくて、一人ひとり名のある人たちが亡くなったことを刻んでいくものだった。

被爆体験を語りはじめた宮川さんはこう語っている。
▼「自分を打ち破ったものと言えば、語る会の人々とのつながり、生徒たちとのつながり、人間的なつながりしかありません」(p.333)

人は、人とのつながりの中から、新たな絆をつないでいくものかと思う。

(8/3了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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