読んだり、書いたり、編んだり 

ラスト ラン(角野栄子)

ラスト ランラスト ラン
(2011/01/29)
角野栄子

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Weフォーラムが終わり、とりあえず8/1の午前は休養しようと横浜とも言っていた。布団にもぐってしまう手もあるが、よけいにダルくなりそうなので、起きて、本を読む。元同僚さんからすすめられたうちの1冊『ラスト ラン』を読んでみる。角野栄子の"自伝的小説"だという。

▼ゆっくりと、少しずつなにかが私から消えていく。それは確かだ。でも人が歩む道って、いろいろあって曲がりに曲がったとしても、だんだんと細くなって、いつの間にか見えなくなってる、そういう形をしているものなのじゃないの。(pp.4-5)

イコさん、74歳。終わりに近づいてきた人生はおだやかに…と思ったりもしたが、生まれつきの血は騒ぐ。「ちんまり、おだやかに過ごすなんて、やっぱり、やだ、やだ。」

もう一度、バイクで思いっ切り走りたい! 風をまともに受けて、走りたい! 
やっちゃおうかな、そうよ、私のラスト ラン!


イコさんは250ccの真っ赤なバイクと赤のフルフェースヘルメットを手に入れ、真っ黒な革のライダースーツを買って、真っ赤なカシミヤのマフラーも、プロ使用のブーツも買った。ボディサックも赤。
イコさんが向かった先は、三十年足らずの生涯を終えた母の生家。そこで出会った12歳のふーちゃんというゆうれいとイコさんは、一緒にバイクで走りだす。

ふーちゃんは、イコさんが5歳の時に死んだ母の、12歳の姿だった。イコさんの手元に偶然一枚きり残った、母が12歳のときの写真と、ふーちゃんは同じ姿だった。74歳のイコさんと、12歳のおかあさん。その二人のツーリングは、不思議で、ちょっとせつない。

イコさんは、ゆうれいの母の「心残り」を考えたりする。それは、小さかった子どもの自分たちじゃないか?と。自分にとって母の記憶は葬式で、生きている母の顔も、手をつないだ記憶も残っていない。偶然手に入った12歳の母の姿が、イコさんにとっての「母」だった。でも、フーちゃんの心残りは子どものことではなかった。

イコさんは、そのことにちょっとへこむけれど、死んだ母の心残りが子ども、というような話でなくて、私はそこがよかった。

(8/1了)
 
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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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