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ちいさな理想(鶴見俊輔)

ちいさな理想(鶴見俊輔)鶴見俊輔
『ちいさな理想』
編集グループSURE
2010年2月刊




編集グループSUREの本は、バーコードがついてない(取次をとおしていない)。基本は直販で、あとは限られた本屋で売ってはるらしい。ここの『悼詞』を前に図書館でみつけたときは、どうやって図書館は入手したんかな?と思っていた。そのSUREの本をまた図書館でみつけたので借りてきて読む。

この本にまとめられているのは、京都新聞に書かれたものが多いようだが、思想の科学その他の紙誌に書かれたものもあり、古いものは1950年代、60年代の文章もある。

心にくっきり映える文章がある。鶴見が、人のも自分のも、さまざまな文を「もうろく帖」というのに書き抜いてきたように、私もいくつか書き抜いておきたい。

市民運動は、担い手が自分の暮らしの中に新しい発見をもつことを通して続く。そうでないと続かない。(p.208)
「よいことをしろ」とか、「□□が正しい」というのは、現状把握そのものではない。善悪についての言明が現状把握にうらづけられている、と感じられるような態度が人から人にあわせて伝わるとき、現状はそこからかわる。(p.154)

バートランド・ラッセルの『西洋哲学史』、A・Nホワイトヘッドの『科学と近代世界』にも、日常生活に使われる言いまわしで哲学的著作を要約しているところがあって、そのそれぞれの要約の仕方がおもしろい。この人たちは、簡単な説明を求められるとき、「一概には言えない」と言う人ではなかった。(p.96)

あなたは勝つものとおもつてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいう(p.18)

これは、土岐善麿の戦後の始まりの歌で、1945年8月15日の家の中の出来事を歌った一首という。そのあとに鶴見はこう書き付ける。

明治末から大正にかけて、啄木の友人として、戦争に反対し、朝鮮併合に反対した歌人土岐善麿は、やがて新聞人として、昭和に入ってから戦争に肩入れした演説を表舞台で国民に向かってくりかえした。そのあいだ家にあって、台所で料理をととのえていた妻は、乏しい材料から別の現状認識を保ちつづけた。思想のこのちがいを、正直に見据えて、敗戦後の歌人として一歩をふみだした土岐善麿は立派である。(p.18)

日本人はなぜキツネにだまされなくなったか。それは、キツネにだまされる力を日本人が失ったからである、と内山節は『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)に言う。
 1965年をくぎりめとして、キツネにだまされた話はへっている。あとを絶っている。その理由を、村人からきいているなかで、著者は、それと並行して、彼の歴史哲学をつむぐ。(p.225)

いわきのNさんにふれた文章のなかで、「草野心平の戦後のこの思いあがった態度」「戦後の彼の戦争責任についてのほおかむり」について鶴見は書いている。鶴見がNさんからおくられたという草野比佐男の『詩人の故郷』(鏃出版)という本を、読んでみたいと思った。けるるんくっくの人は、どんな人なのか。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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