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家郷の訓


家郷の訓
宮本常一
\630
岩波文庫
1984年

タイトルは、かきょうのおしえ、とよむ。
久しぶりに古本屋らしい古本屋で、古い岩波文庫を買う。今のような白い紙のカバーがかかったものではなく、青い帯が巻かれていて、もとはハトロン紙がかけてあったであろう時代のもの。といっても、これは文庫では1984年が初版で、私が買ったのは同じ年に出た2刷のものだった。

今売っている文庫は630円らしいが、この84年のものは奥付に400円とあり、私は古本屋で250円で買った。

『家郷の訓』は何度か読んでいる。白いカバーがかかった文庫も一度は(もしかしたら二度くらい)買ったはずだが、本棚に見当たらないので、また読みたくて買った。

青い帯にはこうある。

▽故郷の暮しの中に,子どものしつけのありようを描いた出色の生活誌.子ども・民俗・教育を考える人への贈り物.


もとは、第二次大戦中に書かれ、出版された(1943年)本で、戦中のこともあちらこちらに書き留められている。(この戦中に書かれたことの印象は、以前読んだときにはほとんどなかった。)

「私の家」から書き起こされた『家郷の訓』は、「よき村人」の章で閉じられる。
その「よき村人」のなかには、幸福ということについて、このように書かれている。

▽本来幸福とは単に産を成し名を成すことではなかった。祖先の祭祀をあつくし、祖先の意志を帯(たい)し、村民一同が同様の生活と感情に生きて、孤独を感じないことである。われわれの周囲には生活と感情とを一にする多くの仲間がいるということの自覚は、その者をして何よりも心安からしめたのである。そして喜びを分ち、楽しみを共にする大勢のあることによって、その生活感情は豊かになった。悲しみの中にも心安さを持ち、苦しみの中にも絶望を感ぜしめなかったのは集団の生活のお陰であった。村の規約や多くの不文律的な慣習は一見村の生活を甚しく窮屈なものに思わせはするが、これに対して窮屈を感ぜず頑なまでに長く守られたのはいわゆる頑迷や固陋からばかりではなかった。怡々(いい)としてこれが守り得られるものがそこにはあった。それがこの感情的紐帯である。(p.193)


仲間がいること、共に遊び、仕事をするツレがいることは、「子供仲間」の章や「若者組と娘仲間」の章にも書かれている。むしろ、子供の仕事が多くあり、また若者や娘たちの担う仕事が多くあったため、一人ではなかなかできるものではない辛気な仕事を仲間とともに、退屈せずにやりとげたのだということだろう。
子供たちが学校へ行くようになったことのほかに、子供の仕事がめっきり減ったために、子供同士の紐帯が解けてきたと宮本は記している。


宮本常一をよむと、亡き恩師を思い出す。
先生が言っていたのは、こういうことだったのだろうかと、いまさら思い出し、なつかしく思う。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第66回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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