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類型的概念をつくるということ(II)

 それは例えば、あなたがたくさん衣類を持っていて、「どの引き出しに何を納めようか」と迷う場合に似ている。衣類には夏着と冬着もあれば、晴れ着と普段着もある。また保存のことを考えれば、材料別が便利だし、色もたいせつで、紺系統と茶系統をまぜるのは不便である。さて、あなたはたんすのどの引き出しに何を入れているだろうか。ある人は季節の差を最重要と考えて、それに基づいた『しまい方』を考えるだろうし、他の人は色の系統を重視した『しまい方』をするかもしれない。このように『しまい方』の選択は人毎にみな違っている。『しまい方』を一つの累計的概念形成の例とみたてて、その本質をわかってほしい。いずれにせよ、これはどちらが正しいとか、誤っているとかいう問題ではなく、物の有するたくさんの性質の中から、何をたいせつな基準に選ぶか、主観的な価値評価の問題なのだ。(19-21ページ)

 この人は、こんな調子で説明がうまい。「もののたとえ」で説明することで、つまり「その人が見知っているであろう事例を用いて」説明することでかえって物の見方を固定してしまう場合もあるが、この本を読んでいて、(うまいなあ)と思うところがいくつもあった。この人はこの本をつうじて、「植物」というものの見方を揺すってくれる。そういわれたらそうですなあ、と「目」が変わったこともある。

▽『植物人間』と『植物的都市』
 …話は変わるが、一九七二年二月に銀座のヤマハホールで三菱化成生命科学研究所主催の『生命科学と技術』という題のパネル討論会があった。その席で私は『生物と環境』について話をしたのだが、そこで建築学の池辺陽先生が「植物的都市を造りたい」という話をされた。
 そのご趣旨の第一点は、「建築や都市は、新しくでき上がった途端に、古くなり始めて、価値が減少する。古くなったときに、全部モデルチェンジしようと思ってもたいへんででき難いから、なんとか植物的な都市や植物的な建築ができないか」と考えているということであった。つまり、「同じ生物でも、高等動物は腕を失ったり足を無くせば不具になるが、植物のほうは、枝や幹が折れてもだんだん姿勢を直していって、いつの間にかきれいになってしまう。そういう感じの都市は、できないものだろうか」というお話であった。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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