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読んだり、書いたり、編んだり 

歯を抜く(I)

 朝から曇り空で昨日より冷える。同居人は傘を持って出勤していったが、雨は降っていなかった。いつもより早く出勤した。昨日で『アホバカ分布』を読んでしまったので、今日からは久しぶりに宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫)を読む。一度読んだことのある本だけれど、柳田國男を読み、言葉の変遷について、メディアによる心身の変化について読んだあとには、これがまた面白く思われる。

 対馬をたずねたときの「対馬にて」という文章で宮本はこんなことを書きとめている。
▽・・・実は昼飯をたべていない。対馬でも宿屋へとまるのならば朝昼晩と食事をするが、農家へとめてもらうと、朝と晩はたべるけれど、とくに昼飯というものはたべないところが多い。腹のすいたとき、何でもありあわせのものを食べるので、キチンとお膳につくことはすくない。第一農家はほとんど時計をもっていない。仮にあってもラジオも何もないから一定した時間はない。小学校へ行ってる子のある家なら多少時間の観念はあるが、一般の農家ではいわゆる時間に拘束されない。私は旅の途中で時計をこわしてから時計をもたない世界がどういうものであったかを知ったように思った。(28ページ)

 先週読んだ黒田勇の『ラジオ体操の誕生』では、「時間の再編成」「ラジオ体操と時間規範」という節があって、こんなことが書かれていた。
▽現代のわれわれが当然のように考えている時間の流れやその区切りは、客観的事実でもなければ自然現象でもなく、きわめて人為的で、それぞれの時代あるいは文化によって異なる、まさに社会的制度である。・・・
 ・・・この[中世のベネディクト会修道院の]時間の細分化と厳密なスケジュール化は、厳密な時間の計時を必要とし、ベネディクト会は機械時計を導入する。この機械時計導入は、西洋における時間秩序一般の発達に対する貢献とされる。
 この時間の細分化とそれに基づくスケジュール化は、その後十七世紀には工場や学校で実行されるようになったという。
 そして、こうした時間の再編成や細分化は、日本においては明治以降、学校・工場などの近代制度によって進められ、その規律・訓練はとりわけ近代学校制度による子どもの囲い込みによって大きく進むことになる。(97-99ページ)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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