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読んだり、書いたり、編んだり 

ふつかよい(II)

 コーヒーを飲んで、スースーする喉飴をなめなめクルマで職場へ向かう。もう長袖がいい気温だ。午前中もなるべくお茶を飲み、コーヒーを飲み、なんとかエイゴの予習をする。昨日の夕方、H君が着くのを待つ間にちょろりと読んだ内田樹の文章に、自尊心のことを書いたものがあった。そこに「レスペクト」という言葉が何度か出てきた。予習していたself-esteemの本のなかに、respectという言葉がやはり出てきた。

 昼頃からようやく「アルコールが抜けた」のを実感し、午後は気合いを入れてめんどくさい書類作りをする。マイクロソフトワードが使いづらいのは、慣れないだけだろうか。どこにでも流通しているはずのもの、使えて当然でしょうという、ワードの背後に感じられる傲慢さが私は厭なのかもしれない。この書式で当然のようにメールの添付書類が送りつけられてくることがあまりに多く(こちらが指摘しなければ気づきさえしないらしい)、私はほんとうにうんざりする。雨がぽつぽつと降り出した。

 日が暮れてようやくキリがついたので、帰宅。疲労のあまりとりあえず横たわって内田樹の『「おじさん」的思考』(晶文社、2002年)の続きを読む。外に食べに出る元気もあまりなく、ご飯を炊いて、昨日土産にもらった崎陽軒のシウマイと、人参のゴマ和え、父ちゃんにもらったラッキョを出して、シウマイをうまいうまいと食ってしまった後は納豆をだして、これも土産にもらった韓国海苔で海苔巻きをした。ご飯を食べるとやや復活し、内田樹の『「おじさん」的思考』の続きをまた読む。
 ちょっと横になると言った同居人は大いびきをかきながらすっかり寝てしまって、私は『「おじさん」的思考』を読み終える。こんどはレヴィナスを読んでみようかしら。

▽「大人」というのは、「いろいろなことを知っていて、自分ひとりで、何でもできる」もののことではない。「自分がすでに知っていること、すでにできることには価値がなく、真に価値のあるものは外部から、他者から到来する」という「物語」を受け容れるもののことである。言い方を換えれば、「私は***ができる」とかたちで自己限定するのが「子ども」で、「私は***ができない」というかたちで自己限定するのが「大人」なのである。(224ページ)

 外部からやってくる、他者からやってくる、というのがいいなあ。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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