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台風一過・ソウルスタイル(II)

 たしかに生活はよく分かるけどなあ、でもええんかなあ、と何度も口に出してしまう。身分証明書、免許、卒業証書、アルバム、銀行の通帳、給与明細、結婚宣言書、、、、そういう類のものもほんとうに一切合財なのだ。顔写真も貼ったままの身分証明書の類が並べられているのを見て、ほんまにまるごと何人分かの「個人情報」が集めてあるねんから、ここへかっぱらいに入って身分証明書やら何やらを入手すれば何かできそうやなあ、と思う。
 あるがままのくらし、、、確かに観光にいって見られるものではないけれど、、、。一緒に行った院生のHと、「どういう状況だと考えられるか?」と話す。
 博物館やら美術館へ皇族やらその係累の人の「宝物」やら「お召し物」が出ていたりする-ちょっと違う気がする。いったいどのようにして(どういう契約だか了解だかのもとに)これらの「李さん一家」の持ち物はみんぱくのものになったのか?展示がすんだあとも、これらはみんぱくに保管されるという。やはりお金で解決したことなのか?李さん一家には、生活の道具として、ここに運び込まれたものと変わらぬものが手当されたということか?それにしてもアルバムや思いでの品々は、かけがえのないものではないか?
 「給与明細や銀行の通帳くらいはいらんといえばいらんかもしれんけど、でもなあ、アルバムも証明書の類も全部やろー、あれは大丈夫なんかなあ。可能な限りコピーをとったりしてるんやろか。鞄の中には眼鏡もあったけど、あれが使いやすい眼鏡やったかもしれんしなあ。学術目的かしらんけど、あんな身分証明みたいなものを渡してしまって、向こうで生活できるんやろか?もしかして李さん一家はいま韓国にはいなくて日本に住んでるんやろか。それで、ちょっとあれは手元に置きたい、となったら取り戻せるんやろか?自分やったら?どういう状況であれだけの一切合財を渡せる?人に譲るときだって冷蔵庫の中はいったん空にするやろう?」---Hと二人であれこれと考えてみるが、なんとも想像ができない。いずれ自分がこの世からいなくなったときには、処分されるものもあるだろうけれど、とりわけ「かけがえのないもの」「愛着をもって使ってきたもの」を、ここまで一つ残らず引き渡してしまって、拠りどころを失ったような気もちになることはないのだろうか。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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