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読んだり、書いたり、編んだり 

笑いすぎて、涙(I)

 昨晩は、しまいかけの『人を覗にいく』を読み終えて就寝。
 今日は朝から早起きの同居人に電灯を点けられて、布団のなかでメガネもかけずに中山信如の『古本屋おやじ』(ちくま文庫、2002年)を読み始める(こんなことばかりしているから眼がなお悪くなるのであろう)。これが爆笑もので、時折とまらないくらい笑わせてくれる。とくに、誤植がらみの話と女房の話が可笑しい。朝ご飯のあと、さらに布団にもたれて至福の本読み。ケタケタ笑い続け、なんどか涙をふいて、読み終える。

***
 簡易なる昼ご飯のあと、高見澤潤子の『のらくろひとりぼっち』(光人社NF文庫、1996年)を読む。坪内祐三の『シブい本』に出てきて(この本は表紙にのらくろが使われていた)、メモしていた本だった。私はなぜか品切れだか絶版だと思い込んで図書館で借りるしかないと思っていたのだが、じつはまだまだ現役の本で、先日買ったのである。サブタイトルのとおり「夫・田河水泡と共に歩んで」の記である。

 読みながら、ずいぶん年輩のひとの話だと思い、読み終えてから調べてみたら、著者は1904(明治37)年の生まれ、その兄(小林秀雄)が1902(明治35年)の生まれ、田河水泡(本文ではTと記される)は前世紀ではなくさらに前の世紀の人で、1899(明治32)年の生まれだ。ときどきふしぎなほどの説教くささがあるが、このお歳ならこんなものだろう。田河水泡も売れ始めたばかり、小林秀雄も文壇によじのぼりかけた頃の話は、両者ともすでに”評価の定まった”印象が強くある私には、そらみんな若いときがあるよなアとは思うもののフシギな話に聞こえる。さらに長谷川町子(1920年生)が田河水泡の弟子にあたるというので、そりゃあ百年近く前に生まれた人の話だからなアと思う。

 私がおもしろいと思ったのは、この明治生まれの著者の若い頃の話である。1904年生まれといえば、幸田文や佐多稲子と同い歳なのだ。

▽私は、あまり才能も能力もないくせに、少女時代から、野心だけがばかにあって、絵がうまいね、などといわれるとすぐ絵描きになろうと思ったり、作文がほめられれば、小説家になりたいと思ったり、テニスが面白くなれば、テニスのチャンピオンになってみようと思ったりした。何か一つのものにうちこんで、やりとげてみたい気もちはあったのだが、どれが本当に自分がやれるものであるか、わからなかったのである。(88ページ)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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