FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

モーム・失敗・ダバダ火振(I)

 木曜は職場の新年会。飲みにいくのでクルマを置いて出勤し、移動のあいだに正月から読みかけのモーム(中村能三訳)『要約すると』(新潮文庫、1968年org.1938年)をようやく最後まで読んでしまった。古い新潮文庫は文字が本当に小さく、行間もびっちり詰まっていて、そう厚い本でもないのに読み応えがずっしりとある。The Summing Upというタイトルをもつこの本は、モームの自伝的な回想録であると紹介されることが多いようだ。が、冒頭からモームはこう書いている。
▽これは自叙伝でもなければ、回想録でもない。わたしは生きてきた間に、自分の身に起ったことを、なんらかの形で、作品の中に書いてきた。(訳、5ページ)
 とはいうものの、モームはこうも書いている。
▽この本では、わたしは今までの生涯で、自分が主として関心を持ってきた問題についての考えを、整理してみたいと思う。しかし、わたしがたまたま得た結論は、荒海に浮ぶ難破船の漂流物のように、わたしの心に漂っていたものだ。(訳、10ページ)
 このモームの本のことは、誰かが本だったか雑誌だったかで「よく読んだ本」としてあげていたものだった、と思う(でもそれが誰だったか今まったく思い出せない)。モームの文庫本(紺とモスグリーンのツートンの装幀で揃えられている)は、父ちゃんの持ち物として小さい頃から本棚で目にしていた。でも読むのは初めてだ。こんどは小説のほうを読んでみようかなと思う。
▽死をはげしく渇望して、まるで恋人の胸にとびこむように、死へととびこむことができそうな瞬間がある。死は、昔なら、生によって与えられたと同じはげしいスリルを、わたしに与える。死を考えると、わたしはそれに陶酔する。そのときの死は、最後の、そして絶対的な自由を与えてくれるように、わたしには思われる。それにもかかわらず、わたしは、医者が相当の健康を保たしてくれるかぎり、長く生きていたいと思う。わたしはこの世界の出来事を眺めて楽しんでいるし、これから起ろうとしていることを見るのは楽しみである。わたし自身と同じ時代に生きてきた多くの人々の死は、反省や、ときとしては、わたしが古い昔にたてた理論の確証のために、たえざる糧を与えてくれる。わたしも友人と別れるのは悲しいだろう。
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ