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長崎の鐘(永井隆)

長崎の鐘 付「マニラの悲劇」長崎の鐘
付「マニラの悲劇」

(2009/08/19)
永井隆

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永井の複数の本のなかで、戦後いちばんに書かれたものだが、その内容のためもあってGHQの検閲による制限もあり、なかなか世に出なかったという(長崎原爆の実相を知らせるものだったためだという─たとえば西日本新聞によるこんな記事がある)。

これは、長崎被爆のドキュメントであり、永井の言葉でいえば「人間的手記」。被爆の瞬間から原子力による破壊の詳細、その後の治療行脚、原爆症についての克明な記録。

原子が爆裂するとどうなるか、いま『プルトニウム』という本を途中まで読んでいるが、永井の書くものから当時もこれだけのことは分かっていたのだと知る。放射線の影響についても、それまでの実験や臨床経験から分かっていたことはここまであるのだと知る。最近読んだ本のなかでは、『長崎の鐘』はよほどわかりやすいと思った。
浦上の被爆を「羔(こひつじ)の犠牲」「神の摂理」とする永井の考えに、賛否はあるだろうと思う。この被爆を神に感謝せよと言われて、決して納得できない人も多いだろうと思う。私にも信仰の心はよくわからない。『この子を残して』のなかでも、わが子たちが孤児として生活を送るほうが恵み多いと神はわかっているから、二人を孤児の境遇に置かれるのだと永井は書く。

「長崎の鐘」の終末ちかく、復員してみたら妻と五人の子の黒い骨が散らばっていたという市太郎さんの話を読むと、そうした永井の考えを聞いて明るい顔になれる人もあったのかと思う。
「…誰に会うてもこう言うですたい。原子爆弾は天罰。殺された者は悪者だった。生き残った者は神様から特別の御恵みを頂いたんだと。それじゃ私の家内と子供は悪者でしたか!」(p.91)
こう言って嘆く市太郎さんに、永井は、自分はまるで反対の思想を持っていますと言い、浦上天主堂での合同葬のために信者代表として読むつもりで書いたという弔辞の原稿を読ませる。死んだ人びとは正直に自分を犠牲にして働いた、残されたものは罪人で、償いを果たしていない、神の祭壇に供えられる資格なし、だから残されたのだと。

末尾のところで原子力の平和利用について誠一に語りきかせるところは、いまからみれば素朴な期待のように思えるが、たとえば原発の推進というなかには、金の亡者的な原発誘致だけでなくて、こうした科学への希望があったのだろうなあとも思った。
▼「…こんなに一度に爆発させないで、少しずつ、連続的に、調節しながら破裂させたら、原子力が汽船も汽車も飛行機も走らすことができる。石炭も石油も電気もいらなくなるし、大きな機械もいらなくなり、人間はどれほど幸福になるかしれないね。」(p.99)

第二部の「マニラの悲劇」は読み切れず、いったん返す。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第66回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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