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弟を殺した彼と、僕。(原田正治)

7/25~26のWeフォーラム2009 in 京都の分科会「赦す権利」でおまねきする原田正治さんの本を読む。

弟を殺した彼と、僕。弟を殺した彼と、僕。
(2004/08)
原田 正治

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弟さんを保険金目当てに殺された原田さん。
しかも弟さんの死は、当初交通事故として処理され、あとから雇い主によって殺されたと分かった。
加害者の「長谷川君」は、原田さんも面識のある相手だった。
当初は「極刑をのぞむ」と口にしていた原田さん。
裁判のことも、検察のことも、死刑制度のことも、知らなかったし、考えたことがなかった。
怒り、憎しみ、どう考えていいのかという混乱。休暇をとって裁判傍聴を続けるなかで会社には「早く忘れろ」と言われ、どこにも相談できなかった。

「長谷川君」から届いていた謝罪の手紙は、いつも捨てていた。
それをある日読んでから、ときには返事も書くようになった。
弟さんの死から10年がすぎて、原田さんは「長谷川君」に会いにいった。

そのときのことを原田さんはこう述べる。
▼僕は、行動をおこしてから自分のしたことを考えるタイプかもしれません。深く熟考して結論を出した後で行動に移すのではなく、直感に従ってまず動き、動きながらか、あるいは動いた後に、そのことを見つめる人間のような気がします。拘置所を訪れたのがその最たる例です。長谷川君に自分の感情をぶつける目的ばかりではなく、死刑とは何だろう、と考える手がかりがほしくて、長谷川君と面会をしてみた、という面もありました。それまでの一、二年ほど、死刑制度に疑問を持っている人々の存在が気になっていました。僕は書物を読んで思索するよりも、経験や実感から何かをつかみたいと思いました。長谷川君と面会したことで、死刑のことや、その良し悪しがすぐにわかるわけではありませんが、僕には、そこからしか死刑の是非は考えられなかったのです。(pp.150-151)

会った翌日の日付で、「長谷川君」からは手紙が届いた。
直接謝罪させていただきたい、という思いに広い心でこたえて頂けた…と書かれていた。

▼会ったからといって、やはり彼を赦せてはいません。会って情が移って赦せるほど簡単ではないのです。しかし、彼の表情から受けた印象などから、彼は僕に謝りたいという気持ちを持っている、と思いました。それでも謝られたからといって「水に流しましょう」とはとても言えないのです。彼には事件のことを生涯忘れてほしくありません。ただ、彼が謝るのを直接受けてもいいようには思いました。僕自身が手紙を書くことを苦手としていましたから、それまでに謝罪の文字が並んでいる手紙を百通以上受け取ったことよりも、顔を見て彼が「すみません」と言ってくれた拘置所での言葉のほうが、心に響いたのです。僕は、どちらかといえば文通よりも、膝を突き合わせてコミュニケーションをとりたい人間です。獄舎につながれている彼が僕のもとに来る術がない今、一方的に大量の手紙を受け取るのではなく、僕が出向いて彼に会うという方法を見出したことは、僕の内面に変化をもたらしました。…
 …(中略)…
 …拘置所での面会も何度か回を重ね、場の雰囲気に慣れてきさえすれば、徐々に長谷川君から事件のことを詳しく聞けるようになるのではないか、と期待もありました。暗闇の中、遠くかなたに、光を見つけたような気持ちでした。
 それには、「彼が死んでしまっては何もならないのではないか」そんな微かな思いが出てきました。僕にとって、「長谷川君を死刑に」と思うのは、彼に最も重い刑罰を受けてほしいからです。…(pp.152-153)

死刑とは何なのか。
被害者や遺族は、いったい加害者がどういう刑罰を受ければ気が済むのか。

「長谷川君」から何通も届いていた手紙を初めて開封したころ、原田さんはこんなことをイメージしていた。
▼明男と僕ら家族が長谷川君たちの手で崖から突き落とされたイメージです。僕らは全身傷だらけで、明男は死んでいます。崖の上から、司法関係者やマスコミや世間の人々が、僕らを高みの見物です。彼等は、崖の上の平らで広々としたところから、「痛いだろう。かわいそうに」そう言いながら、長谷川君たちとその家族を突き落とそうとしています。僕も最初は長谷川君たちを自分たちと同じ目に遭わせたいと思っていました。しかし、ふと気がつくと、僕が本当に望んでいることは違うことのようなのです。僕も僕たち家族も、大勢の人が平穏に暮らしている崖の上の平らな土地にもう一度のぼりたい、そう思っていることに気が付いたのです。ところが、崖の上にいる人たちは、誰一人として「おーい、ひきあげてやるぞー」とは言ってくれません。代わりに「おまえのいる崖の下に、こいつらも落としてやるからなー。それで気がすむだろう」被害者と加害者をともに崖の下に放り出して、崖の上では、何もなかったように、平和な時が流れているのです。自分で這い上がらなければ、僕らは崖の上にはもどれません。しかし傷は負ったままなのです。傷を隠して自力で這い上がることはなんと苦痛でしょう。怒りで地団駄を踏んでいると、さらに下の奈落の底に落ちていくかもしれないのです。必死で傷の痛みを感じないふりをしながら、なんとか上にのぼりたいと考えている…。そんな寓話を僕は作り上げていました。僕と長谷川君はどちらも、今、同じ崖の下に落とされている気がしました。(pp.115-116)


Weフォーラムの案内リーフレットにはこんな一文が書いてある。

▽「遺族の気持ちを考えろ!」と言い放つ相手に、死刑廃止のチラシを配っているのは、弟さんを殺された原田さん。

「被害者」や「遺族」はこうあるべきだ、という像が、いつの間にかある。それは「目には目を」式で、「加害者を同じめに遭わせてやりたい」と思い、究極には「死をもって償え」と願うはずだと考えられている。

現実の、個々それぞれの「被害者」や「遺族」の感情や思いとは、時にかけ離れていても。

この本を読んで、本を読むだけでなく、原田さんの生の声を聞いてみたい、話をうかがってみたいと強く思った。

この本は現在品切れで手に入らないそうだが、webで読めるものとしては社納葉子さんによるインタビュー記事「加害者は許せない だけど死刑には反対です」がある。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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